Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。

今またアセンションが流行っているらしいので「2012年のアセンション」を振り返ってみたら割と身も蓋もなかった件

昨日、久しぶりにスピっぽいことを考えていたら、今またアセンションが流行っているっていう記事をみかけました。

アセンションってなんやねんと言われたら、すでに忘れていて、なんやったのかなと必死で思い出すと、ある意味黙示録的な感じですよね。

その時期を境に、意識の高い人は楽園の生活をして、そうじゃない人はしんどい生活を送る的な。

あとは、アセンション = 意識の変革みたいなことが言われていた気もしますね。

 

私のスピ歴でいうと、アセンションといえば2012年の末なんですけど、その前後と今までを振り返ると、確かに、あの頃は生活とか仕事が激変した時期なんですよね。

なので、「確かにアセンションはあった」と言えるのかもしれません。

 

しかし、今の流行でアセンションを追いかけている人が想定しているような流れになっているかといえば、そういうわけでは決してなくて、割と身も蓋もないものだったよね、という気はしました。

 

2012年末以降、精神的には自由になりましたんでよかったですが、経済的な困窮も経験しましたし、生活のスリム化を図り、経済的な立て直しを図り、今に至ります。

それから、複雑性PTSDの改善の糸口がつかんだのはとてもよかったことだと思っています。

 

って感じで書くと、別にふつーの人生だよなって気はしますね。

ちょっとヘビーだったですけど。

ヘビーなのは、氷河期世代なのと、日本経済自体が困窮に向かっている最中だから、というのが大きいと思いますので、それも、大枠を考えるとふつーなんだよなって思ったりもします。

個人的には、やはり、生活をスリム化できたのが大きいですね。

今後数十年に関係してきますから。

 

ということを書いていくと、確かに意識は変わったのかもしれないなと思います。

2012年あたりは、確かに、スピリチュアルビジネスに嵌っている人特有の「大金持ちになってやる!」的な気持ちはあったですよね。

それはこの何年かできれいさっぱりなくなりました。

なぜならば、生活を整理していったときに見えてくるものが大きいから。

 

たとえば、独身で手取り年収750万円と手取り年収250万円を比べたときに、3倍の開きがあるけれども、住むところと買う物を精査すれば、手取り年収250万円でも特に問題はないんですよね。

 

どういう計算になるかというと、私の母は、服は素材と縫製を見て買えと言っていました。

この教えは今でも生きています。

しかし、現在の洋服事情だと、素材のよいものを買おうとすると、セーター1枚2万円から3万円くらいするかな、という感じです。

そして、個人的には、3000円でも1万円でも、素材自体はそんなに変わらなかったりするかなという感じ。

(たとえば、ピリングができやすい素材だったりする)

だったら、3000円でまあまあのものを探して、丁寧に着た方がいいんじゃないかなというのが今の方針です。

洋服は、家賃や食費よりも支出に占める割合が低いので、重みづけをすると、3万円と3000円とで実質3倍の開きくらいの体感です。

 

なので、手取り年収750万円で3万円のセーターを買うのと、手取り年収250万円で3000円のセーターを買うのとでは、比率としてはそんなに変わらないのかなと思います。

しかし、3000円のセーターを着ている手取り250万円の私が、手取り750万円になって3万円のセーターを着るようになったとして、QOLが3倍上がるかといえば、たぶんそういうことはないのではないかな。

 

さらに、手取り年収20億円(手取りという言葉が似合わない金額だ)になったとして、QOLが800倍になることはないだろうと思います。

自家用ジェット機が欲しいという欲望もなく、私財を投じて何かするには人脈やハコがなさすぎるので、正直もらっても使えないです。

 

と考えると、数年前の「大金持ちになりたい」衝動ってなんだったのかなという気がしますよね。

 

あ、手取り年収250万円って、かなり狙って書いていますよ。

手取り年収150万円だとかなりきつくなると感じますので、個々人にとってちょうど良いレベルの年収ってあるんだろうと思います。

 

 

 という話を書いた後に、無理矢理スピ用語に結び付けると、

 

アセンションとは意識の変革により思考が現実化するのが速くなる

 

という、お決まりの定義といえそうなものは確かにあるよ、と言えそうな気はします。

 

 

ただし、「思考は現実化する」っていうときに、ポジティブな思考もネガティブな思考も現実化しますよね。

だからポジティブに考えようってことになるんでしょうが、それまで重ねてきたネガティブな思考によって現実化されてきた生活や仕事や対人関係は確かにあって、その整理も同時に行わないといけないですね。

すでに反映されている現実や、その現実を成り立たせている自分自身の習慣の方が強いので、うわべの思考や行動をちょっといじったくらいでは、とても歯が立たないです。

というのを2012年末以降の数年で経験したんだよねって思います。

 

あ、そうそう。

書いていて気づきましたが、10年ほど前にスピリチュアル業界に嵌ったときの動機は、それまでの仕事をずっと続けられるとは思わなかったので、長期の年数働いて収入を得られるような路線に変更したい、というものでした。

 今振り返ると、それは叶ってますね。

なので、よかったのかな、という気もします。