Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。

帯状疱疹になって、今後の課題は内部環境と外部環境の探索とモニタリングのバランスを取ることだと感じた件

 

今日もLinux Mint19で書いています。

 

今回の記事は、Linux Mintかわいいわー、つい触っちゃうわーっていうのが裏目に出たのかもしれない話です。

 

ここのところ喉というか口の中が痛くて、耳鼻科に行くか歯科に行くか迷って歯科に行ってみました。

 

喉とか口が痛いとき、口内炎ができたときには、GSEを入れた水でうがいしたり、ティートリーを首に塗ったりすると軽減することが多いので、そんな感じでやっていたら、予約の日までには痛みも腫れもブツブツも引いていました。

 

痛かったところは、舌の舌とその下からどちらかというと水平方向に耳の方まで、それから、喉の下の方まででした。

んで、舌の下の下が赤く腫れて、小さなブツブツがたくさん出ていました。

 

この状態は、歯医者にかかった時点ですっかり消失していて、私の話を聞いた歯医者さんの推測ですが、帯状疱疹だったんじゃないかと。

 

私が言った部分は、三叉神経の三つ又の一番下の部分に該当しているらしいです。

三叉神経自体は、こめかみから3つの方向に分かれて伸びていますが、1番下は下顎へ伸びています。

 

参考画像:

 

kompas.hosp.keio.ac.jp

 

三叉神経って目の周りをめぐっているんですねー。

そういえば、目もなんか疲れやすかったな。

それから、口の中が痛くなる前に、なんか身体が変な感じだったりとかしてたな。

 

とか、歯医者から戻って来てから思ったわけなんですが、

 

歯医者で疲れてませんか?と聞かれて「それほどでも・・・」みたいに答えていたりするので、人間の感覚と記憶は結構怪しいもんですね。

 

帯状疱疹といえば、疲れや免疫の低下によって、すでに持っているヘルペスウィルスが神経節の外に出てくることで起こると言われています。

一度なったら終生免疫で2度とかからないと言われていますが、何度もかかる人もいるようです。

 

それから、片側にできるというのが一般的ですが、調べてみると、両側にできる場合もあるみたいです。

ただし、むやみやたらと全身に広がるということではなくて、異なる神経節に同時に発症するという感じで、素人理解ですが、異なる部位にできた帯状疱疹は、別のものとして捉えるほうがよさそうです。

 

んで、今の疲れって何?

ってことなんですが、

 

これって、もしかして、Linuxの触りすぎ・・・・

 

なのではないかと思いました。

 

楽しいけれども慣れないことなので、エネルギーを使っている自覚はありました。

なので、最近は自重するようにしていますが、ちょっと遅かったのかもしれないです。

楽しいこともストレスになることがあるのはよく知られた話で、自分のキャパ以上になる前に止めたほうがいいなと思いました。

 

 

 

 

私の場合、多分、複雑性PTSDがらみでそこらへんのストッパーが壊れているんじゃないかなと感じました。

 

これまでは、疲れていることは自覚していたので、養生最優先で来ていましたが、それは内部環境の改善に努めていて、あまり外部に出ていくことをしなかったから成り立っていたんだろうと思います。

 

 

 

んで、ちょっと元気になったと感じて、空き時間にLinuxをいじりはじめたらこんなことに。

 

これは、何を意味しているかというと、個人的には、

 

外部探索の際のエネルギー出力の最適解をモニタリングしながら行動せよ

 

ということではないかと感じています。

 

 

それがあまりうまく行っていないというか、思い切り活動してバタッと寝て起きたら回復している、という感じにはなっていないんですね。

私の場合。

 

 

 

5,6年前はエネルギー出力が最低レベルでようやく外に出られる状態、もしかしたら生きているだけというレベルだったのかもしれないのが、

 

数年間で、エネルギー出力30%、50%と徐々に上げていって、現時点で70%くらいかなと感じます。

 

なので、仕事+αをする余力は出てきたものの、やりすぎるとあまりよくないということもわかりました。

 

 

 

 

 

最近「小児逆境後症候群」という言葉を知りました。

 

参考記事:

yumemana.com

 

この記事は非常に興味深い記事でした。

 

小児逆境後症候群と複雑性PTSDないし発達性トラウマ障害とはほぼオーバーラップしているのではないかと推測しますが、

 

複雑性PTSDないし発達性トラウマ障害が経験における主観的な状況から神経系統の変化や人間関係の変化を見ているのに対して、

 

小児逆境後症候群は逆境というイベントを介して寿命や疾患の発症を見ているという感じです。

 

これらの2つの視点と医学的知見を知っておくことで、自分自身の人生の理解に深みがもたらされると感じています。

 

 

とはいえ、個人的には、どうせ同じ解離ならフロー状態でいたいので、すぐに小児逆境後症候群の本を読むかどうかはちょっとわかりません。

 

どちらかというと、この本とかを読みたいので、図書館で借りることにしました。

 

 

グッドワークとフロー体験―最高の仕事で社会に貢献する方法

グッドワークとフロー体験―最高の仕事で社会に貢献する方法

 

 

フロー体験といえばチクセントミハイですが、ハワード・ガートナーとウィリアム・デイモンとの共著って!

テンション爆上がり。

っていうのが養生的にはまずいんだろうなーと思いつつ。

 

 

 

話がどんどん飛びますが、チクセントミハイもハワード・ガードナーも、70歳代から80歳代なので、そろそろ人生終わりにする感じの本かなと思って、原著の発行年を見たら2000年代のはじめでしたので違いそうです。

 

 

Good Work : When Excellence and Ethics Meet

Good Work : When Excellence and Ethics Meet

 

 

 

 

ウォルター・ミシェルもつい最近亡くなられましたし、ジンバルドーのスタンフォード監獄実験がやらせだったという話が出てきたり(やらせが事実だった場合、個人的には、「合意形成」の過程に非常に興味をそそられます)、アメリカ心理学も一時代が終わろうとしているのかもしれないと感じたりします。

 

 

その一方で、日本における状況は、1970〜80年代の研究を見ることで理解可能なこともあると感じているので、そういう意味でもエネルギー出力をさらに上げていきたいところではあります。

 

 

 

 

小児逆境後症候群に戻りますが、子ども時代の逆境がもたらす悪影響のひとつに「テロメアが短くなる」という項目が挙げられていて、なかなかにショックでした。

 

私の場合、20代後半で竹内敏治さんのレッスンに参加し始めて3,4年通っていましたが、そのときに、「レッスンに参加していなかったら私は死んでいただろう」と感じていました。

これは、先が見えないくらい追い詰められていたということだろうと解釈していましたが、自分の身体の内部で、実際に死に向かうルートが短縮されていたかもしれないということなのですよね。

 

 

それから、これまた主観的な、そして多分に比喩的な連想になりますが、「私は生き急いでいたのだな」というのも感じました。

 

何かをやっているときに、完成形が見えることがあります。

その完成形は、実際は幻かもしれないし、そうでなくても非常に遠い道のりのこともあります。

それにもかかわらず、今すぐ手に入れたくて、自分のキャパ以上に活動してしまうということが多々ありました。

 

遠い道のりであるにもかかわらず、その過程が見えずに一足飛びに行ける気になるというのは、場数を踏んでいないか認知が歪んでいるかその両方であるかという気がしているのですが、

 

認知の歪みは、おそらくは複雑性PTSDに関連するものだろうと感じます。

小児逆境後症候群によって生物学的な変化がもたらされるということですが、同時に、認知、感情、行動のパターンも変容して固定化してしまうということがあり得るんだと思います。

 

なので、おそらくは生物学的な変化と心理学的な変化とを両面から見ていく必要があるだろうと感じます。