Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。

恋愛における吊り橋効果ならぬ複雑性PTSD効果みたいなのがあるんじゃないかと思った件

久しぶりに複雑性PTSD関連の話です。

以下、私個人にしか当てはまらないことかもしれませんが、書いてみたいと思います。

 

GWの中盤の天気が悪すぎて、冬物を洗うとかクリーニングに出すとかができずにあまりにも暇だったので、これまでの恋愛感情の棚卸、といっても棚卸をするほどの数もないんですが、とりあえずやってみました。

 

複雑性PTSDとか発達性トラウマとか、本を読んでの自己診断なので、実際どうなのかは分かりませんが、

 

少なくとも、そういう関連の現象に自分の問題として興味を持つ時点で、いろいろあったわけだし、自分自身の他人を見る目に自信が持てないっていうところがあったりします。

 

 仕事柄、客観的な観察とか評価はそれ相応にできますが、プライベートになるとなんともなー・・・って感じなんですよね。

 

なんでこの人好きになったん!みたいな感じのことを後で思ったりすることも多々あって、思うこと自体は良くあることだと思うのでまあいいとして、客観的な目で見たときに、この人普通にヤバいでしょっていう人を結構好きになっていたりします。

ホンマに付き合うとこまで行かなくてよかったわーみたいな感じ。

 

で、なんでこの人好きになったの?みたいなことを過去にさかのぼってみたときに気づいたんですが、

 

たとえば、

 

この人に会うとドキドキして息苦しい

 

という時ってあるじゃないですか。

 

 

そのときに、一つの解釈として「この人好きかも」っていうのが出てきたりします。

 

 

これって、吊り橋効果みたいな感じですよね。

 

吊り橋効果というのは、男女二人で吊り橋みたいに足元がぐらぐらしていてちょっと怖いところでキャー!みたいなのをやっていると、なんか知らんけど恋愛感情を抱きやすいみたいな感じの話です。

 

吊り橋効果のキモは、キャー怖いみたいなときの心拍数が上がるとか瞳孔が開くとかの生理現象と恋愛における生理現象とが似ているからという点です。

吊り橋でなくてもスポーツなんかでも同じようなことが起こったりします。

ホンマにそうなの?っていう話もありますが。

 

 

で、「この人に会うとドキドキして息苦しい」っていうのが、普通に吊り橋効果だったらいいんですが、

 

これって、複雑性PTSDにおけるトラウマ反応みたいなのでも起きたりしないの?

 

とか、「この人」っていうのが、たとえば、パワハラ上司だったとしたら、恋愛感情ではなくて、パニック発作って言いません?とか。

 

 

複雑性PTSD(自己診断)においてマズいと思う点が、認知や感情の変容を伴う点ですね。

 

なので、パワハラしてくる上司に対するパニック発作的な反応に関して「この人好き」と解釈する可能性は否定できないなと。

 

それから、通常の吊り橋効果と違うと感じる点は、生理現象も「この人好き」という間違った解釈も長引くことかなと思ったりします。

 

 

どういうことかというと、

 

通常の吊り橋効果、とりあえず、グループでスポーツをしたときに、「この人いいな」と思ったときのことを考えてみます。

「この人いいな」と思ったときに、相手と話をする機会があって、さらに、次にも会おうということになったとしたら、その相手とは続く関係になるかもしれません。

けど、話とするとか連絡先を交換するとか、実際に会う機会がなければ、スポーツ時の心拍数の変化とか発汗とかはすぐに収まって、それに伴い、「この人いいな」という淡い感情も消えてしまうのではないかと。

 

それが多分普通の状態なんですよね。

 

吊り橋効果とはまたちょっと違った現象になりますが、解離性障害の本なんか見ますと、解離という心理現象自体は、普通に起こるもので、たとえば、スポーツ観戦で興奮しているときにも起こったりするそうです。

で、観戦が終わって少しすると、解離の状態から抜け出して通常モードに戻ります。

 

解離性障害の場合、なぜ「障害」という話になるのかというと、解離の状態が長く続くとか、ある状況において頻発するとかで、日常生活や社会生活に支障をきたすとか、身体に非可逆的な変化をもたらすとか、そういうことが起こるからじゃないかと思うんですよね。

 

 

複雑性PTSDと吊り橋効果の話に戻りますが、

 

複雑性PTSDみたいな状態にある場合、「この人と会うとドキドキして息苦しい」というのは、ちょっとヤバい状態であると思われます。

「この人」との関係がハラスメントめいたものである可能性もありますし、「この人」が引き金になって、トラウマ反応が引き出されている可能性もあるんじゃないかと思います。

 

実際にハラスメント的な人間関係にハマるというのもヤバいですが、トラウマ反応が引き出されるような関係にハマるのもヤバいと感じます。

トラウマ反応というのは、過去に縛られることと同義で、本来的にはその人と新しい関係を築くことができるはずなのが、対処法が限られてくる、しかも、あまり健全ではない方向に、ってことになりかねないです。

 

 

 それから、認知と感情の変容を伴う場合、自分の心の中に現実とは全く違う物語を構築してしまうこともあります。

その物語から醒めたときに、うわぁー・・・って思うこともありますが、自分だけの物語だけで突き進んで、相手との関係を壊してしまったりする恐れもありますので、結構怖いですよね。

 

 

っていうのをやっていると、半年くらいは余裕で過ぎていきます。

ちょっと話をしただけの人に関して、普通だった半日くらいで忘れ去っていくことを半年引きずるとか、

どう考えてもヤバい相手でさっさと逃げた方がいいのに、「好きかもしれない」と思っている間にボロボロになるとか、

そういう感じで長引きます。

 

 

個人的には、複雑性PTSDベースで人間関係を構築するのってかなり怖いので、できれば避けたいわけですが(といっても、子ども時代からの密接な人間関係において起こることなので、避けられるものでもないんですが)、

 

できそうな対処方法としては、

 

  • 「この人好きかも」と思ったときに、複雑性PTSDがらみの反応ではないかと自分に問いかけてみる。
  • 現実の関係性ベースで進める。認知と感情の変容が起こったときに、実際上は一言二言世間話をしただけなのにも関わらず、何十年も一緒にいてなんでも分かるような気分になったりすることがあります(これは、恋愛感情みたいなことでなくても起こります)。そういうときには、実際に接触した数を数えてみるとか、相手の何を知っているのかを客観的に見るとか、そういう必要がある気がします。
  • 現実の活動で楽しいことを増やす。複雑性PTSDみたいな状態は、自分の中に自分のHPを削る装置を持っているようなもので、何もしなくてもHPがどんどん減っていく状態だったりすると感じています。実際に活動できるHPがないので、頭の中の妄想がどんどん膨らんでいくことになったりするわけですが、妄想に費やすHPもバカにならないので、そのHPを、現実の楽しいことに費やすように生活を変えていくということも大事だなと感じます。楽しいことを考える元気さえないわってときは、とにかく朝起きること食べること、夜寝ることに注力するというのもありだろうと思います(朝起きて云々というのは、高橋和巳さんの『消えたい』に載っていたことでもありますが)。

 

かなと思ったりします。