Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。

スピリチュアルが健全に機能するために最低限必要なのは「人の不幸を願わない」こと

近所の桜並木に初めて足を運びました。

そろそろ八分咲きになっている木もあって、のんびりを春を楽しんできました。

これまでなぜかその桜並木にたどり着けたことはなくて、行ってみてよかったです。

 

 

2,3日前にこんな記事を書きました。

 

 

coccolifestyle.hatenadiary.jp

 

前振りのマイバースデー世代の話なんですが、私自身はマイバースデーとかその手の媒体から何を学んだのかなというのを考えていました。

 

私の記憶では、マイバースデーは非常にライトな内容で、友達や好きな人との相性占いをするとか、恋をかなえるおまじないをするとか、そういう感じだったと思います。

私の嗜好と興味はもうちょっとディープなところにあったので、占いや神秘思想などへの興味という点でいうと、もう少し後の創刊であるエルフィンの方が良かったなと思います。

 

 

が、コアな興味ではなくて、中高生の人生と発達という面からみたら、それとは違う点について学んでいることに気づきました。

 

石井ゆかりさんが、

 

私は世代的には当てはまるところがあるんですが、
マイバースデー自体は読んだことがありませんでした。
ただ、この本を読んで、
なるほど、と思うことは多々、ありました。
学校では教えてくれないけれども、
生きていくためにどうしても必要な知恵
というのはたくさんあって、
それを、占いというメディアを通じて発信していたのが
マイバースデーだったのかな、とも思いました。

マイカレンダー、創刊。本日発売です。 - 石井NP日記

 

と書いているんですが、 「学校では教えてくれないけれども、生きていくためにどうしても必要な知恵」って何だろう?というのをちょっと真剣になって考えてみました。

 

そしたら、マイバースデーを読んでいた時代から30年経った今でも生きているのは、

 

他人の不幸を願わない

 

ということでした。

 

これは、マイバースデーだけではなくて、新井素子さんの小説にも再三出てきたことだなーと思います。

新井素子さんの小説には、非常にライトな書き方でしたが、「人を呪わば穴二つ」というのが結構出てきていましたような気がします。

ホントにちょっとした心の持ち方とか行動とかでも、人を呪うことにつながっていて、小説の最後のほうで大団円にも関わらず足を骨折して「人を呪わば穴二つだなー」みたいな述懐が入るとかそんな感じ。

 

私は、そういう記述から、何気ない言動も気をつけようね、ということを学んだのではないかと思います。

今振り返ると、多視点多尺度が育つ思春期にそういうことを考えたのは良かったのかなという気がします。

 

 

思春期の嗜好や学びはある意味「三つ子の魂百まで」だと感じますが、私の場合、学んだ媒体が占いやおまじない雑誌とSF小説ですか・・・・

 

それで良かったの?って気もしますが、起こってしまったことなので消せないですからねー。

 「他人の不幸を願わない」については良かったんじゃないかと思いますし。

 

 

 「他人の不幸を願わない」について、中高生にありがちな悩みとして、

 

好きな人には彼女がいるけどどうやったら付き合えるか

 

というのを考えてみます。

 

 

悩み相談室みたいなコーナーがあったかどうかは忘れましたが、おまじないで解決しようとすると、

 

たとえば、

 

自分の魅力を高めて好きな人に振り向いてもらう → 自分がかわいくなれるおまじない

 

みたいなのはアリ。

 

けれども、

 

二人が別れるおまじないはナシ。

 

そんな感じでしょうか。

 

 

意中の人と付き合いたいという願いを持っているとして、「自分の魅力を高める」のはOKで「二人が別れるように願う」のはNGというのは直感的には分かっていただけるのではないかと思います。

 

理由はちゃんと書いていなかったと思いますが、理由が書かれていないが故に、なぜダメなのかを考えた気がします。

 

 

 

 「他人の不幸を願わない」が今どう生きているかというと、

お互いにWin-Winになる方向を現実的に模索するという形に結実している気がします。