Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

世俗とメタフィジカルな領域とを行き来することについて

めっちゃ怪しげなタイトル~。

 

8月ごろから何年かぶりにパワーストーンを買いまくっています。

できる限りお小遣いの範囲で手の届く値段のものをと思っていますが、ひとつだけ高価なものを買いました。

 

そのブレスレットは、アゼツライト系のものとかが沢山使われているもので、それらの石の流通価格が高いので、必然的にブレスレットも高くなるということになっています。

 

このブレスレットはとても良い働きをしてくれて、ある局面を越えることができたんですが、10月に入ってから一切身に着けなくなりました。

 

コスパ感覚からするとえっこれで終わりなの?って感じだったんですが、多分それは勘違いで、

 

身に着けていた時期は長期休暇中だったので、家に籠ってやりたい放題だったわけです。

そういう状況だとすごく助けになりますが、

 

休みが明けて仕事が本格化すると、アゼツ系のメタフィジカルストーンてんこ盛りのやつを身に着けていると、支障が出る可能性があるんだなというのを感じました。

 

ブレスレットの中に1粒くらい入っている分には全然いいんですけどね。

5つ6つ大きいのが入っていると、現実的な思考と行動の妨げになる可能性を感じています。

 

おそらくこれは、その人それぞれの社会とのつながり方によるんだと思います。

私の場合は、現在の生活の在り方からすると、言い方は悪いですが、もう少し下賤なレベルでのものが合う気がしています。

 

自作パワーストーンブレスの沼にハマってしまったんですが、多分いい具合のものがないので、自作するって感じになっているのかなという感じです。

 

で、メタフィジカルストーンてんこ盛りのやつは、また長期の休みに入ったときに使いそうな気がします。

 

私たちは、ずっと下賤なレベルで生きられるかというとそういうわけではないし、だからといって意識がぶっ飛ぶレベルでずっと生きられるかというとそういうわけでもないんだろうと思います。

 

下賤なレベルとメタフィジカルなレベルを行ったり来たりして、私たちは日々新しくなっていく感覚を持ち、健康で生きられるってことになっているんじゃないかと思います。

 

 

メタフィジカルなレベルにたたずむのに、パワーストーンを使う必要は全くなくて、正直なところ、イマジネーションが健全に機能していたらそれで充分なのではないかと思います。

なので、イマジネーションフル回転で遊ぶとか、演劇を見るとか、音楽を聴くとか、何かを作るとか、そのほかいろいろいろ、そういうのが生活の中にあれば、特に問題ないんだと思います。

 

パワーストーンブレスを自作していて、「2,3歳の子どもってこういう感じなんだろうなー」というのを感じます。

2,3歳頃は、頭の中にイメージが渦巻いていて、とにかく出したい欲求がものすごいです。

そのイメージが現実とマッチしているかというとそういうわけでもないことが多々あって、珍妙なことになっていたりするわけですが、やっぱり必要な過程なんだなというのを感じます。

 

40歳代も半ばを過ぎて、2,3歳の行動をトレースするというのもイタい話ではありますけどね。

 

自分に見合った形で現実と想像を行き来できる余白というのを残しておくとよいのだろうなというのは感じています。

 

 

私たちが生きていくのに「身の丈に合っているか」というのはとても大事だと思います。

 

ここのところずっとスピ系ウォッチブログをウォッチしていたんですが、社会問題化しそうな案件があって、まとまった情報がアップされていたのでリンクしたいと思います。

 

flat9.blog.jp

 

自分たちが歌うのも踊るのもアリだと思いますが、2000人規模(実数は1500人程度という情報が、リンク先のリンク先に出ていました)のイベントにおける安全管理としてはかなり心もとないというのが率直な所感ですし、

 

リンクされている地元の新聞記事を読むと、島の住民の生活や産業に支障の出るレベルであったという話なので、

 

このレベルになると身の丈には合っていないと感じます。