Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。

ASDっぽい性質を持つ人間からみたルチルクオーツの使い方

今日の記事はめっちゃ主観でどのくらいの人にあてはまるのか分からないんですが、書いてみようかと思います。

 

人生の折り返し地点も過ぎ「ウチの家はちょっとひどい養育環境であった。しかし、それでも楽しいことはたくさんあったし、やり直しはきくのだ」と実感している毎日です。

最初から横道に逸れますが、私の実家は分かりやすく虐待をしていたとかそういう家ではなくて、おそらく、親の言動が恐ろしく不確実かつ社会の荒波から子どもを守るという意識の恐ろしく薄い家だったのではないかと思います。

 

親の言動が恐ろしく不確実というのは、親が状況を読むのが恐ろしく下手なことに起因していて、それはどこに依拠するかというと、親が他者の意図や感情を読むのが恐ろしく下手であるという点ではないかと推測しています。

 

私の親が私の感情や意図を推測するのが恐ろしく下手であるという仮説を立てると納得いく経験が沢山あって、現時点ではそういう設定で行っています。

 

私の親はおそらくASD自閉症スペクトラム障害)的な性質を持っています。

少なくとも父親はかなり顕著にそういう性質が出ています。

そういうわけで、子どもの頃から父親はマークしていました。

ここ数年の発見は、母親、姉もASDっぽい性質を持つのではないかという点です。

母親と姉に関しては、ADHDの不注意優勢型であると思っていましたが、そうではないかもしれない。

なぜADHDの不注意優勢型であると推測したかというと、母親に関しては、すぐ忘れる(しかも大事であれば大事であるほど)、姉に関しては学習障害的な側面があって、それはADHDの不注意優勢型に起因しているのではないかと思われたからです。

 

しかし、ここ1年ばかりはちょっと違ってきていて、母はASD+深刻なトラウマ、姉もASD+そこそこ深刻なトラウマ+低い自己評価を抱えていることにより、ADHDの不注意優勢型っぽい言動を引き起こしているのではないかと考え始めています。

 

かくいう私自身も、ASDっぽい性質を持つと感じていて、たとえば、若い頃は通学電車の駅を全部覚えていたり、選択的な注意がすごく苦手で、誰かと予定を立てるときに、予定表を全部ひっくり返して決める的なことになります。

 

ちなみに、予定表を全部ひっくり返して決めるというのはどういうことかいうと、メールを回すときに、「2か月くらい先までのダメな日を全部教えてくれ」みたいなことになります。

これをやると、絶対に予定が決まるので、感謝されることもしばしばなんですが、えっらい疲れるんですよ!

 

ホントに最近気づいたんですが、

みんな「この日空いてる~?」ってメールを回して「空いてる空いてる~」っていう返事が返ってくるか、「その日はダメなんだー、だけどこの日は空いてる」みたいな返事が返ってくるか。

それくらいのユルい感じで合わなければ流れる的な感じでいいのね?っていう。

 

っていうのは、デジタルで具体的な情報があってのASD的なところを端的に表しているなと。

 

そう思っていたんですが、こういう傾向がどんどん消失しつつあり、ここ2週間ばかりはASD的な傾向がありますと言ったらもしかしたら看板に偽りがあるのかもしれないなということになっていて、ホントに私、ASDっぽい傾向を持っていたの?みたいなのを書いてもいいのか迷うようになってきました。

 

なので、ASDっぽい性質を持つという可能性のほかに、「第四の発達障害」であった可能性はあるなというのも感じています。

 

 

「第四の発達障害」というのは、

 

ひとつ目は、発達障害的な傾向を持つ子ども(特にASD傾向)を持つ子どもの発達障害専門クリニックへの受診率が高い

 

ふたつ目は、子どもが発達障害の疑いで受診した場合に、その親のどちらかも発達障害の傾向を持つ場合が結構見られる

 

みっつ目は、子どもが虐待を受けて愛着障害になっている場合、発達障害に似た言動が見られる

 

という意味であるとまとめてしまっていいのか分かりませんが、私はそう理解しています。

 

なので、発達障害と虐待とはオーバーラップしている部分があるということになります。

 

ということは、私の養育環境が虐待ないしそれに近いものであったために、愛着障害を引き起こしていたのが、現時点ではかなり軽減している可能性もあると考えています。

 

逆に、現在は親と距離を取ることに成功していますし、人間関係も落ち着いていますので、ASDっぽい行動傾向が出ていないという可能性もあると考えています。

 

そこらへんはよく分からないのですが、

 

この本

 

 

 

を読んで、オーバーラップしているしていないに関わらず、ASDの人と虐待を受けトラウマを抱えている人の共通点があるのかもしれないなというのを感じました。

 

『身体はトラウマを記録する』には、発達障害の話は出てきません。

なので、あくまでも推測ではあるんですが。

 

 

ASDの人と虐待を受けトラウマを抱えている人の共通点ではないかと推測したのは、

 

どちらも内部感覚のモニタリングが弱いのではないか

 

という点です。

 

『身体はトラウマを記録する』には、虐待を受けトラウマを抱えている人は内部感覚のモニタリングが弱いという話が載っています。

 

ASDの人の特徴については、DSM-5においてはコミュニケーションにおける弱さとこだわりという2点に絞られていますが、この二つの背景にあるものとして、イマジネーションの力が弱いことが挙げられます。

 

イマジネーションというのは非常にあいまいなものですが、遊びを展開するためにも、他者の心を推測するにも、予定を立てるにも必要です。

 

 

イマジネーションの源泉は何だろうと考えると、内部感覚のモニタリングではないかという気がするんですね。

 

内部感覚というのは、『身体はトラウマを記録する』では、たとえば内臓感覚とか、外界とはある程度隔絶した自分独自の主観的な感覚として扱われています。

 

そういう自分独自の感覚を検知する機能が、ASDの人と虐待を受けトラウマを抱えている人どちらに関しても、弱くなっているという気がします。

 

この機能が弱いというのはその人自身のせいではないです。

多くの場合は、自分の意志とは全く関係のない先天的な要因であるとか、養育環境や対人関係、深刻で衝撃的な避けられない事態においてそうなってしまうというのが実情です。

 

ただ、ずっと弱いままなのかというとそういうわけではなくて、練習、訓練でかなり回復するものであるという印象も持っています。

トラウマを抱えている人に関しては、『身体はトラウマを記録する』で述べられているように、ヨガなどの日本でも入手可能な手法によってある程度の回復が見込めるようですし、ASDの人に関しても、療育やある種のトレーニング(場合によっては、本人の内部感覚以外でのモニタリング)によって、改善されていると思われる人をそこそこの割合見ます。

 

 

じゃあ、内部感覚のモニタリング機能を回復するのに、何ができるんだろう?

となるわけですが、まともな(しかし、精神医学の世界においてはかなりチャレンジングであっただろうと思われる)手法に関しては、『身体はトラウマを記録する』の第5部を見ていただくのがいいと思います。

書かれている手法そのものずばりは入手困難である可能性は高いですが、ヨガはかなり流布していますし、EMDRは杉山 登志郎氏も使われているということで、発達障害や虐待に精通した医療機関に運よくつながれば受けられる可能性があるかもしれません。

 

 

 

ここから先は、本当に私の主観ですので、他の方がそうなるかは一切保証できません。

そういうつもりで読んでいただければと思います。

 

内部感覚のモニタリング機能を回復するのに、パワーストーンが使えるか?という話です。

 

 なぜパワーストーンなのかというと、現在の日本における入手可能性という点では、パワーストーンは結構いいよねって思うからです。

 

私も『心と身体をつなぐトラウマセラピー』(ピーター・リヴァイン著)を読んで、自分のトラウマが消える可能性があるという希望を持ったはいいけど、そういう手法はどこで手に入るのかが分からなくて、実際にそういう方面に行くことができるまでに2年かかりましたんで。

 

手に入るもの、使えるものは使おうよって思います。

 

内部感覚を回復させるのに、これも使えるかもしれません。

 

 

coccolifestyle.hatenadiary.jp

 

ただし、非常にマニアックなやり方ですので、慣れている人はいいかもしれませんが、慣れていない人にとっては何ですかそれっていう感じだと思うんですよね。

 

なので、もう少し、前提条件を明らかにしつつ、持っただけでもいけそうなことができないかなーと思ったりしています。

 

内部感覚を回復させるときに手助けになるのは、プリミティブな感覚、たとえば嗅覚や皮膚感覚などを使う、思い切り遊ぶ、などだと思います。

 

ヨガや呼吸法なんかは非常に助けになりますが、集中できるかどうかというのがミソで、呼吸法を一定の時間できるようになるにはある程度は平静を保てるかが重要だし、ヨガを続けるにしてもある程度の体力は必要です。

 

なので、弱りきっているときにヨガとか呼吸法から始めるって、結構ハードルが高い気がするんですよね。

 

パワーストーンなんかも自分で選ぶというハードルはありますが、ヨガや呼吸法よりはまだ低いハードルなんじゃないかと。

それから、そんな怪しげなものなど手を出す気はないという人は手を出さなければいいだけの話で、選択の自由もあります。

 

あとは、多くの人が生活に関係しないので、遊び心を出しやすいというのもあったりします。

 

パワーストーンというと、金運、恋愛運など、現世利益的なものとして捉えられることが多いですが、その面はちょっと保留にしておいてください。

 

 

まずは、モノとしての石を見てみましょう。

 

パワーストーンは多くの場合鉱物です。

金属っぽい組成のものもあるし、石っぽいものもあります。

木の実や化石なんかもあります。

 

実際に手に持ってみると分かりますが、持ってみた感触はパワーストーンによって全然違います。

大きさや種類によって手に感じる重みも違います。

同じ種類の石でも原石と丸玉では全然違うものじゃないの?って思えたりします。

 

こういうのは皮膚感覚をはじめとする身体の感覚です。

都会に生活していて思うんですが、私たちはモノの重みや自分の身体の重みを感じる機会が激減しています。

いきおい何か商品を使ってということになりがちですが、そのひとつとしてパワーストーンが使えるんじゃないかと思います。

 

近くにパワーストーンを売っているお店があったら、いろいろ触ってみるといいかもしれません。

アクセサリと大きな石だと本当に違うものみたいですし。

 

というのが、多分一番簡単なパワーストーンを使った内部感覚の回復のさせ方です。

1回で済むかというとそういうことはないので、結果的には手元に置くために何かを買った方がいい場合も多いかもしれませんが、興味のある方は、買う前に一度触ってみる機会を作るといいんじゃないかと思います。

 

 

 で、実際にひとつ入手するということになったら、何がいいだろうなーと考えました。

わりとどこにでも売っていて、そこそこの値段で手に入るやつで思いついたのがルチルクオーツでした。

 

ルチルクオーツといえば金運が有名ですが、かなりオールマイティに使えます。

個人的な感覚では、バラバラしていた状態からまとまりを持った状態を作ってくれる感じです。

 

めちゃくちゃ長くなっているので一応確認しておきますと、この記事は、ASDっぽい人や、トラウマを抱えた人がどうやってルチルクオーツを使いうるかという話で、内部感覚の回復にルチルクオーツが使えるのではないかという話に展開していきます。

 

ASDっぽい人やトラウマを抱えた人がなぜ内部感覚のモニタリングが弱くなるかというと、自分が乗っ取られるくらいまでに内部のノイズが大きくなるからではないかと思うんですね。

 

ASDの場合は、視覚や聴覚が受動的であるという言い方をすることがあります。

関係ない情報まで入ってきてしまって、情報の取捨選択にものすごく労力を使うので、内部感覚まで手が回らないというのもあるし、内部感覚のモニタリングが弱いから情報の取捨選択が難しくなるということもあると思います。

 

トラウマを抱えた人は、『身体はトラウマを記録する』によると、自己認識の部位の活性化が低下するそうですが、自己認識の部位と内部感覚の認識をする部位はオーバーラップしているっぽいです。

また、フラッシュバックを起こしているときは、情動を司る扁桃体の活性が高まり、言語野の活性が落ちる、すなわち、自分の情動が荒れ狂っているのを自分で意識したり言語化したりできずに、物事を系統立てて捉えるのが難しくなったり、ということがあるようです。

トラウマを抱えるということは、内部感覚を含む自己認識が弱くなり、自分の激情を抑えるのが難しくなる状況になりやすくなることに他なりません。

 

これはあくまで私の感覚ですが、ルチルクオーツは内部のノイズを抑えて取捨選択しやすくしてくれるんじゃないかなーという感覚があります。

 

内部のノイズを抑える = 迷いがなくなる → 願望が実現しやすくなるという図式ではないかと思いますが、ASDっぽい人やトラウマを抱えた人のQOLを上げる点でも使えるんじゃないかという気がします。

 

ルチルクオーツはこんな感じです。

 

ruchiru-shop.com

 

びっくりする値段のものも沢山ありますが、そんな値段のものを買う必要は一切ありません。

 適度な値段のものも沢山ありますので、興味を持った方は探していただければと思います。

あと、針が沢山入っているとかそういうのも関係ありません。

希少価値のあるものがいいのかな?とか思いがちなんですが、希少価値というのはあくまでも産出量が少なくて値段が高くなっているとかそういう側面が大きいです。