Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

【本】身体はトラウマを記録する

やっとたどり着きました。

 

書いている間に、本書の紹介というよりは、本書にインスパイアされた個人の体験の記録になってしまった感がありますので、その点はご承知願いたいと思います。

 

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法

 

 

大著であり値段もそこそこするので迷いましたが、アマゾンのレビューを見て買うことを決めました。

殆どのレビュアーさんが真剣に書かれているので、読もうかどうか決めかねている方は一読されるとよいのではと思います。

 

私が参考にしたレビューはこちらです。

 

精神科医のみならず医学生、パラメディカルの卵さん達必読の書

 

概要をコンパクトに紹介してくださっているのが参考になります。

私の目を惹きつけたのは、著者の講演についての記述です。

 

引用します。

 

わたしは2013年に宮崎と大阪で行われた来日したコーク博士の講演会を聴く機会に恵まれた(知り合いに強く勧められたからである)。
博士は2011年東日本大震災当時もそのトラウマ治療の知識を生かして支援して下さった、熱いハートの持ち主である。

宮崎での講演は本書のダイジェストであり(講演はやや駆け足で内容がたくさん詰まっていたこともあり、本書を読んだほうがより深く理解できると思う)、ヨーガの効能が詳しく述べられていた。

本書を手に取ったのはこの講演の記憶があったからである。

講演の最後に博士がうろ覚えだが、「この会場にいる人達はほとんどが第二次世界大戦後の第二・第三世代(兵士の子・孫世代)だからトラウマサバイバーの子・孫として(機能不全家庭に育つ等して)発達性トラウマを持っている人が大勢いることだろう。」といったことをおっしゃったので、まさに自分の為に聴講していたわたしは博士の洞察の鋭さに驚いた事を覚えている。

 

 

最後の著者の言葉は、ずっと頭に引っ掛かっていたことでした。

世間で流布している情報を見るにつけ、「戦争(第二次世界大戦)は終わっていないのだ」という奇妙な感覚に囚われるのですが、それをどうやって言葉に表したらいいのか。

戦争よるトラウマであろうと推測はつくものの、私にわかっていたのはそれだけで、ボヤっと幻影のように立ちはだかる何かでした。

 

本書では、ベトナム戦争だけでなく第二次世界大戦の従軍経験者のトラウマの姿やメカニズムも書かれていて、従軍体験がどのような傷をもたらし、その後の人生にどのような悪影響をもたらすのか、戦争は従軍経験者にとって悲惨な人生をもたらしたにも関わらず、戦争のことに関して語るときにどのようにして「生き生きと」語り、かつそこから離れられないのかについて書かれています。

 

深刻なトラウマをもたらすものとして、性被害や虐待についても書かれています。

虐待については、自分のこれまでの人生を足掛かりに理解を進めてきた感がありますが、性被害や性的虐待については全く手つかずだったことに気づきました。

 

これらの事例は非常に深刻で何度も止まりましたが、著者は基本的にトラウマを抱えた患者そのものの理解を志向する人であって、その姿勢に助けられて読み進めることができた気がします。

 

私の場合、最大の難関は「第3部 子供たちの心」でした。愛着に関するくだりを読んで理解が深まると同時に、自分自身の体験が身体全体に湧き上がってきて読み進めることができなくなるときが何度かありました。

 

昨年の夏くらいから複雑性PTSDというキーワードを足掛かりに、母との関係と私自身の不調について振り返っていますが、母のどのような態度によって私はこんなに心身共に満身創痍になってしまったのかがどうしても腹に落ちてきませんでした。

 

頭では、母は私に対してかなりひどいことをしたと思うのですが、私の中の誰かが、「母がやってきたことなんて大したことないよ」とささやくんですね。

それで、ブログでも何度か書いてはいるものの、自分が虐待のサバイバーであるということは半信半疑な部分もありました。

 

しかし、第3部のある部分を読んで、私の母とあまりにもそっくりだったので、理解ができました。

 

主として養育者が子どものリズムに合わせてやりとりを行い、子どもが怒りや苦しみを感じたときには、すかさずあやし、心の安定を取り戻し、喜びに満ちたやりとりを続けていくのことを「同調」といいます。

これは、頭でどうこうするものではなくて、私たちの身体のリズムや一緒にいることで分かち合う何かによって自然に即時的に生まれるものです。

 

愛着の形成には同調が欠かせないことが、第3部では詳細な事例をもって書かれていますが、同調をうまく形成できない養育者もいます。

 

引用します。

(無秩序型の)養育者は自分が同調していないこどに気づかない場合が多い。私はベアトリス・ビービーに見せたもらったビデオを鮮明に覚えている。若い母親が、生後三か月の赤ん坊と遊んでいるビデオだ。万事順調だったが、赤ん坊が引いて顔を背け、ひと休みしたいというそぶりを見せた。だが母親はこの合図に気づかず、顔をわが子になおさら近づけ、声を大きくし、息子の注意を惹こうと、前にもまして一生懸命になった。赤ん坊がさらに尻込みしても、母親は赤ん坊の身体を上下させ、突き続けた。赤ん坊はとうとう悲鳴を上げ始めた。すると赤ん坊はがっかりした様子で立ち去った。彼女は明らかにつらかったのだろうが、大切なサインを完全に見落としていた。このような同調の失敗が繰り返されれば、徐々に親子のつながりが損なわれ、慢性的に心が通じない状態になることは簡単に想像がつく(夜泣きする子どもや過剰に活発な子どもを育てた人なら誰もが知っているとおり、何をやっても効き目がないときには、ストレスがたちまち増大する)。この母親は赤ん坊を落ち着かせて、面と向かって楽しい相互作用を確立するのをしくじってばかりいるので、この赤ん坊のことを、母親失格と感じさせる、手の焼ける子どもだと認識し、この子を慰めようとするのをやめてしまう可能性が高い。(「第7章 波長を合わせる--愛着と同調」p.195)

 

この母親の記述を読んで、私の母親そっくりだと感じました。

もちろん、私自身が生後3か月のことは覚えていませんが、物心ついた頃から中年になった今でも、母親は変わらず引用した母親と同じような感じです。

 

 

以下、私と私の家族の例を長々と書きます。

読みたくない人は飛ばしてください。

 

 

 

私が30歳ごろの話です。

 

 

 

私はすでに家を出て一人暮らしをしていましたが、あるとき高熱を出して動けなくなりました。

どうしても動けないときは、姉に来てもらったこともありますが、姉が所用で来てもらうことができなかったときに、母に来てもらいました。

 

母は、来るなり私の部屋で寝っ転がって、愚痴を言い始めました。

そして、母は当時、「病気のもとは口呼吸である」という知見にはまっており、私の病気も口呼吸が原因ではないか、口を閉じるシールを持ってきたのでつけなさいと言い始めました。

その時私は38度台の熱があり(それでも前夜よりは下がった)、それどころではありません。その時私が欲していたのは休養でした。それから、できれば柔らかいものを食べたい。それだけだったので、母には買い物にいってほしかったんですね。

 

そして、母には治ったらそのシールをつけるからと伝えました。

母は怒ったような口調で「なんでやの」と言い(今思うと、この「なんでやの」がずっと怖かった)、無理矢理シールをつけようとしました。

無理矢理シールをつけようとする勢いが、今になって振り返ると、非常に恐怖に満ちたもので泣きそうになる感覚がありますが、そのとき私はありったけの力を振り絞って、母を制止しました。

すると、母は逆切れしてその場に泣き崩れて、私に向かって「そんなん言うんやったら、あんたなんか病気で死ねばいいわ!」みたいなことを私に向かって言いました。

 

この例は、本書から引用した3か月の子どもの母親と、やりとりの場面は違うとはいえ、構造は類似していると感じました。

つまり、子ども(あるいは大人の私)が欲していないことをごり押ししてきて、子どもが嫌がっていることが分かると、子どもに悪感情を向けて離れていくというパターンです。

 

私の母の場合は、終わりのパターンは悪感情を浴びせられる場合と、意識がふと途切れて私に対して興味を完全に失ったかのようなそぶりを向けるときと2種類ありました。

意識がふと途切れて私に対する興味が失われてしまったように感じるときも、つながりが突然断たれてしまうので非常に怖いです。

 

現在進行中の案件は、離婚に端を発したものです。何年か前に終わらせた私の結婚生活は、サバイバー同士の壊滅的なものであったと本書を読んでやっと深く認識することができたのですが、離婚後に母から「〇〇さんの世話をしなくていいの?」と帰省の度にしつこく言い続けられました。

離婚のきっかけ自体は、私にパニック発作と思われる症状が出て、もはやここまで、と感じたことによります。

パニック発作(それも、治ってから友人に指摘されて自覚した)は非常に苦しく、しかも当時の結婚相手だけに出ていたので(仕事では超元気だった)、離婚した後に相手に会うなどは考えられませんでした。

そして、母にしつこく詰め寄られ、母に対してもパニック発作が出るようになってしまったり、いろいろあってから、帰省はせずに電話も極力しないようにしてだいぶマシになりました。

それでもときどき電話がかかってきたりすると、調子が悪くなりますので、できる限り音信不通状態を保っています。

 

私の母の同調失敗の事例が長くなりましたが、母の特徴を要約すると、私が欲していない時にごり押ししてきて、私が助けを求めているときに放置するという感じです。

母だけではなくて、家族全体が同じ傾向にあります。

私はどうなんだろうか・・・・というのが心配なところではありますが、トラウマを抱えている場合、自分の自覚と他者からみた姿が大きく乖離している気がするので、あまり心配しても仕方ないのかなという気はします(素人判断です)。

 

ただ、自分が受けた苦しみを無自覚に他者にまき散らすのは、やめにしたいと思っています。

実際にはずいぶん長いことやっていたと思います。

なので、母への恨みにかまけずに、自身のトラウマに対処できるように、というのが今の自分自身の気持ちです。

 

 

また、母に関する理解でいえばもうひとつあって、母自身が深刻なトラウマを抱えていることについて確信するに至りました。

本書のかなりのページは、トラウマを抱えた人がフラッシュバックや解離あるいは離人症になったときなどに、脳のどの部位が活性化し、どの部位が活性化しないのかという点に割かれています。

 

フラッシュバック時の脳は、右側の大脳辺縁系、特に偏桃体が活性化し、言語を司るブローカー野の活性が落ちるそうです。

これはどういう状態を意味するかというと、フラッシュ時には感情が爆発するが、その状態を意識したりことばで表したりすることが難しいということです。

 

私の母は、全般的に言葉が出てきません。

聞かれたら出てくる場合もありますが、それも非常に断片的です。

また、よく悪夢を見ていると思われる寝言を言っていました。

すぐに寝落ちします。これは、母が50歳か60歳のときに検査をして、ナルコレプシーであるという診断を受けています。

 

父も非常に変わった人物ですが、父の養育歴から推測して、ネグレクトはあっただろうなと感じています。

父も昔話しかしない人ですが、「昔話しかしない」というのも、トラウマを抱えた人の特徴であるといえるかもしれません。本書では「昔話しかしない」という表現はされていませんが、第二次世界大戦の従軍経験者の事例からそう書いてもいいのかなと思いました。

 

ということで、第1部から第4部までを読むことで、トラウマのメカニズムのみならず、私自身の状況についての理解を深めることができました。

 

 

さらに、第5部は、著者が取り入れてきたトラウマの対処法についてです。

 

第5部は、さまざまな人が開発した手法が紹介されていますが、私自身、違う人が開発したものとはいえ、かなり共通性のある経験をしていて、深い納得を得たとともに、奇妙な感覚も覚えました。

 

著者はアメリカの人ですし、私とは生まれた時期も違います。

アメリカと日本では入手できる治療法や対処方法も違います。

それなのに、本書に書かれていることは、まるで私自身の出来事およびメカニズムであると感じました。

 

これはどういうことかというと、おそらく、トラウマという状態に陥ったときの脳や内臓感覚、社会的状況に、アメリカと日本という文化の違いを超えた共通性があるのではないかと推測しています。

 

なので、日本においても、第5部に書かれている同じではなくても、同じ方向性をもたらす手法に出会える可能性はあります。

ただし、そういう手法が「トラウマを治します」みたいな看板を掲げているわけではありませんので、手探りになりがちではあります。

 

たとえば、以前紹介した光野桃氏の本ですが、

 

 

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この本で書かれている光野桃氏の過程は、ある意味トラウマへの対処であり、トラウマの解放の過程でもあるといえます。

 

 

第5部では、たとえば辺縁系セラピー(p.336~)では、自分の内部の経験を通じて情動脳(扁桃体など)にアクセスすることでトラウマに対処できる可能性が示されていますが、私自身は、いつの間にかできるようになっていました。

いつできるようになったのかなと振り返ると、おそらくは、30歳前後で通っていた、故竹内敏晴氏主宰の「からだとことばのレッスン(通称竹内レッスン)」の中でではないかと思います。

竹内レッスンでは、年間のレッスンは、からだ、ことば、人とのかかわりという3つのテーマに分けられていて、その中でそれぞれ自分や他者と溶け合い向き合うことをやっていました。

 

竹内敏晴氏が逝去されているので、竹内レッスンそのものは受けることはできませんが、光野桃氏が体験されたことは、私が竹内レッスンで体験したことと被ります。

 

また、第5部には、ひとつの章を割いて、ヨガを続けることで、トラウマに改善がもたらされることも書かれています。

そういえば、私の場合、小学校2年から3年の1年間、それから、中学校3年から高校1年の1年間、ヨガをやっていました。

ヨガは、ポーズをとって、そのあとシャバアサナ(死体のポーズ)を取るという形で、緊張と弛緩を繰り返していきました。

ヨガの先生たちは、緊張するときは思い切り緊張し、弛緩するときは思い切り弛緩する、といったことを言っていたと思います。

 

中学3年からの1年間は、かなり自分でも意図的にヨガに取り組んでいたところがあって、シャバアサナで弛緩するときに、今思うと自己催眠みたいなことをやっていました。

たとえば、シャバアサナで「肩がチョコレートのように溶ける」みたいな暗示をかけていました。

その暗示をかけると、弛緩しやすく、身体非常に柔軟になることに気づいていました。

 

ただ、過緊張は取れなかったのかもしれません。

というのが、ポーズを取るときは、かなり身体に負荷をかけることも沢山あったのですが、それが続かないんですね。すごくつらい。

なぜなのかなと思ったら、過緊張とともに虚脱状態に陥りやすかったので、「必要なときに筋肉に力を入れる」的なコントロールができなかったんだと思います。

 

過緊張が取れ始めたのは、現在に続く流れの中でだと思います。

 

2010年にブレインジムを皮切りに、キネシオロジー系の手法を学んで、そこからボディーワークや精油、マッサージオイルパワーストーン、クリスタルボウル(アルケミーボウル)など、「怪しげ」なものも含めていろいろ試しています。

 

 

今やっているのは、ついこの間書いたこれです。

 

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これは100%個人の体験ですが、ベースとなる手法があって、今回紹介してる本書『身体はトラウマを記録する』の知見によって洞察が降りてきたという感じです。