Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

バイトをしよう。

 

タイトル、わざとバイトする主体を書いていません。

 

はてなブログのトップにあった記事です。

 

 

semicrystaline.hatenablog.com

 

 

 

この記事にリンクされていたツイートです。

 

 

 

 

 

リンクされていたツイートのA子さんに関しても、一番上の記事に関しても、びみょーにモヤモヤするんですが。

 

なんだろう?

 

 

まずはA子さん。

ツイートの漫画を読むと、

 

小学校時代は良い中学校に入るために勉強した。

中学校時代は良い高校に入るために勉強した。

高校時代は良い大学に入るために勉強した。

大学に入って現在就活。A子さんは「自分が何をやりたいか分からなくて悩んでいる」らしい。

「良い学校に入るため」というのは、自分の意志ではなくて、親や学校の先生、塾の先生がそう言ったからっぽい。

 

 

 大学に入るまでの話は分かる。

そういう人は沢山いるのではないか。

 

私がモヤモヤしているのは、大学に入ってからの話。

 

大学に入ってからいきなり就活に話が飛んでいるんだけど、就活が始まるまでの学生生活が少なく見積もっても2年半はあるわけで、その期間A子さんは何をしていたんだろう?

 

現在の大学は、昔と比べて息苦しいところになってしまって、授業は出席しなきゃいけないし、課題もてんこもりで、学生はとても忙しいです。

昨今の経済事情だと、バイトしなきゃいけない学生も沢山います。

 

大学も研究機関というよりは専門職養成とかそういう感じになりつつありますし、2年3年でインターンに行く学生も多数います。

 

もちろん、遊ぼうと思えば遊べます。

大学のユルさによりますが。

 

大学がモラトリアムの温床(良い意味で書いています)というのは過去の話で、A子さんはなぜ、自分の苦手な「やりたい」を就活の時期に持ってこなきゃいけなかったのか。

 

大学に入ってから、授業を一所懸命受けると同時に、良い会社に入るための活動をしたらよかったのに。

1年のときから良い会社に入るための活動をする学生は沢山います。

そういう流れに乗れば良かったのでは?

受けのいいエントリーシートの書き方とかの情報って流布していないんですかね。

良い会社に入るためにOBOGから話を聞いたりインターンに行ったりしたらよかったんじゃないですかね。

わざわざ「やりたい」ことを探すよりも、何かハマりそうなところを探す方がA子さんには合っている気がするんだけど、そんなことないですかね。

 

(個人的には、学校で「やりたい」ことを見つけることを推奨するとするならば、その方が学習パフォーマンスが良いからだろうと思います。学校教育の範囲内で「やりたい」ことがあれば、内発的動機付けが高まり、一生懸命勉強する可能性が高くなるということです)

 

一番上にリンクされている記事のテーマである教育とアイデンティティに関してですが、

教育に対して子どものアイデンティティを形成させることを求めるのは間違いであるという点については同意します。

 

しかし、この記事を読んでいると、うっかりA子さんはアイデンティティを形成してこなかったという風に読んでしまいそうになるんですが、その読み方で適切なんだろうか。

私には、A子さんがアイデンティティを形成してこなかったようには見えないんだけど。

 

アイデンティティというのは要は同一性ということであって、現在過去未来の自分が一貫していて、周りもそういう自分を認めていてくれていたらOKなのであって、さしあたり「やりたいことがあるか否か」というのは、あまり問題にはならない気がします。

 

A子さんの場合には、少なくとも小中高の時代には、親や先生の言うことを聞いて勉強して学校に入ったという行動は、自分自身では一貫していて周囲からも認められていて、学校教育においては適応的だったのではという気がします。

 

アイデンティティというと青年期に特有のものであるというイメージがありますが、そうではなくて、1歳半くらいに自他の区別がつき始めるころから持ち続けていて然るべきものです。

そして、アイデンティティは発達によって変化します。

 

すなわち、乳児期には乳児期の、幼児期には幼児期の、児童期には児童期の、青年期には青年期のアイデンティティがあって、もちろん成人期以降にもアイデンティティがあります。

 

それがなぜ、青年期のアイデンティティが殊更取り上げられるのか。

私自身は授業では、青年期に形成されるアイデンティティは社会的自己のベースとなるため、社会人になるにあたって重要なものであるという言い方をしています。

 

A子さんのアイデンティティの状態はおそらく小中高においては適応しやすいものだった。

しかし、おそらくは、学校の教室や塾、家庭の机だけで完結できるものであったため、大学に入って社会的自己を模索する際にギャップが生じた。

 そしてそろそろ就活という時期に同一性拡散。

 

 

なんてことをつらつら考えていたわけですが、

 

 

よく考えると、大学内に、社会的自己のベースとなる情報って転がっているんだろうか。

 

と思うと、私は教職・保育系の授業を持つことが多いんですが、とにかく現場へ行ってくれ、そうじゃないと私の授業の内容は理解できないからということを、非常勤の分際で言いまくってます。

 

なぜならば、大学の中には、学生がそのうち出ていく社会の片鱗はないからです。

イメトレやシミュレーションはできますが(模擬授業とか)、イメトレもシミュレーションも、現実を見るまではいわば偽物であって、大学の外へ出て現実を見て欲しい、あなたが見た現実を授業の内容を元に整理して、自分の展開を模索してほしい、というのが私自身のスタンスです。

 

 

ということを考えると、社会的自己の模索というのは、大学の内側には無くて、大学の外に飛び出さないと得られないものなのでは?という気がするんですがどうなんだろう。

そうなると、A子さんの学生時代ってどうなっていたんだろう?という疑問に立ち返るわけなんですが。

 

正直なところ、就活が始まる頃になってから社会に出ることを考えても遅いと思います。

ただし、通常の大学生の場合は、大学の外にコミュニティを持っているわけで、バイトなんかもそのひとつです。

バイトをやっていると、ごく一部分とはいえ、社会の成り立ちや決まり事を知るきっかけになります。

そういった大学外の活動を通して、うっすら社会に出た自分をイメージし始める人もおそらく多くて、そういう準備期間みたいなのがあるから就活ができるんだろうなという気がします。

 

なので、大学に入ったらできればバイトみたいな大学とは違う世界も持っていて欲しいと思ったりします。

彼らもやることが多いので、無理強いはできませんが。

 

 

【追記】

「こんな感じで就活始めてもいいんじゃない?社会に出てもいいんじゃない?」っていうイメージ↓

 

wotopi.jp

付き合っていた男性が、相談者の方と同時進行していた女性と結婚する。

理由は「外堀を埋められたから」

相談者の方の質問は、外堀埋められた、みたいな理由で結婚するものなの?というもの。

 

質問に対する桐谷ヨウさんの答えは、結婚願望の大してない男性の結婚の仕方なんてそんなもんだろうというもの。

 

最後の方の文章ですが、

 

人は強烈な内発的な動機に突き動かされて決断して、進むべき道を決めて、人生を歩んでいるわけじゃないんですよ。むしろそんなのは人生に何度かしかない特別な事柄です(起業家とかはそうじゃない人も多いですが)。

ほとんどのシチュエーションや多くの年数を、なんとなくの流れに従って、それに乗っかって、生きているんです。

人はそれを「なりゆき」とか「運命」とか「タイミング」とか「自分の決断」と言っているようです。

 

 

 これって、大学生の就活にも言えるのではないかなーと。

 

大多数の学生が、そろそろ就活の時期だからって就活を初めて、なんとなくこの業界かなって決めて、何社か何十社か受けてなんとなくコツがつかめてきているあいだにないていが出てとりあえずこの会社に決めてみた、みたいな。

 

個人的にはそういう感じでよいんじゃないですかねって思うんですけど。

就活の動機よりは、何年か真っ当な環境で働かせてくれて力つけてくれそうな会社で何年かやってみることの方が重要な気がします。