Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

愛情の次元を抜け出す

前回の記事の続きです。

 

coccolifestyle.hatenadiary.jp

 

複雑性PTSDがらみで最後まで残っていた鎖はなんだったかというと、

 

愛情がもらえなかった悲しみと

愛情が欲しいという執着でした。

 

夜、夢を見続けて、何がずっと脱落していく感じでしたが、ふと、

 

愛情と行いは別モノである

 

ということに気づきました。

 

 

愛情があっても行いがめちゃくちゃな人もいるし、その逆もいる。

人間なのですべてをカバーすることは無理。

 

ウチの家の場合、いちおうは「ちゃんと」育ててもらっている部分もあって、なのに何故私はこんなにボロボロになったんだろうというのが不思議な面もありました。

 

 

愛情と行いは別ということに気づいて気づいたんですが、風邪をひいたときのことを考えると、私の母親の場合は、

 

私が動かないことに気づいて布団に寝かせたり医者に連れて行ったりした。

布団に寝かせて病人食を食べさせてくれたり薬を飲ませてくれたりした。

 

ので、病気は一応は治った。

しかし、それ以外の心の機微やケアについては明らかに鈍感でスルーされた部分が多かった。

 

大人になってから知り合った他のお母さん方を見ていると、子どもさんが元気がないとか顔がこわばっているとか、そういう表情なんかも当然見ています。

表情のちょっとした変化に気づいて聞いてみると、学校でいろいろあった・・・・みたいな話が出てきてどうするかなーということになったりする。

 

そういう話を見てすごくうらやましく思ったりしていたんですが、表情に気づいたときにそのお母さんが何かできるかというと、そういうわけでもなかったりする。

陰で気遣ってくれているのが子どもの力になるというのは確かなんだけど、それでも、実際に行動しないとどうしようもないこともたくさんある。

 

 

ということを考えると、

 

愛情と行動

 

両方が揃うというのは、これはかなり稀、かつ親御さんと子どもとの協力体制および努力が必要なんじゃないかと。

 

 

 そして、愛情と行動の両方を親からもらうのではなくて、他の関係も含めてもらえればいいのでは?ということにすると、あまり問題はなくなるのかもしれない。

 

なぜならば、私の場合は、外に出たときに多くの人からかわいがってもらったから。

 

複雑性PTSDの問題が顕在化したのは、結婚生活がいびつで夫婦関係と実家との関係以外の関係を持ちにくくなったというのがあったのかもしれないというのも思ったりします。

 

 

 

ずいぶん前にトランスフォーメーションゲームをしたときのことを思い出しました。

トランスフォーメーションゲームは人生すごろくみたいなもので、盤の上でコマを進めていく間に、感情 → 思考 → スピリチュアル → あがり みたいな感じで進化していきます。

 

このときは確か、感情の次元から抜け出せなくて、たくさんカードが溜まったんですが、抜け出したときには思考についてはほとんど揃っていて、すぐにでもスピリチュアルの次元に進めるような感じになっていました。

 

思考についてはこれまでずっと取り組んできた自覚はあったので、ちょっとゾクッとしたんですが。

 

そのときのゲームでは、確かスピリチュアルの次元で止まっていたのですが、実は現実世界でその続きをやっていて、

 

感情の次元がまだ残っていた

スピリチュアルの次元も並行して進めていた

 

で、今回、愛情の問題が解決して、スピリチュアルの次元はすでに終えていてもよかったので、やっと「あがり」みたいな感じ。

(スピリチュアルの次元が終わってもいいというのは、ブラックな環境の中で、倫理について山ほど考えて実践にまで落とし込んだというのがあると思います)

 

トランスフォーメーションゲームをやったのは、確か天王星がおひつじ座に入るか入らないか、くらいの時期だったので、天王星がおうし座に入った頃に「あがり」というのも面白い話。