Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

等身大の生活を物語にする

例年GWは冬物の始末で終わっている気がしますが、今年もそうなりそうです。

GWって暖かくなって動きやすいし天気がいいし風通しもいいので、セーターを洗ってって干すのにちょうどいい気候じゃないですか。

 

いつもは手洗いをしていましたが、今回は洗濯機のドライモードで2回に分けて洗ってみました。

洗剤はセスキプラス。

 

洗い上がりは手洗いよりふんわりしているかも・・・・

機械に負けた気がしてなんか悔しい。

 

 

 

 

機械に負けた気がするというので思い出しましたが、

手作り石鹸がそろそろなくなりかけているので、アイハーブで注文してみました。

 

Sappo Hill, グリセリン クリーム 石鹸, アーモンド, 12 バー, 3.5 オンス (100 g) Each

 

100グラムが12個入りで相変わらず大容量買いをしています。

レビューが好評だったのと、杏仁豆腐のニオイが気になるのでいってみました。

 

杏仁豆腐にはアーモンドプードルが使われているので、アーモンドと銘打たれた石鹸から杏仁豆腐のニオイがしても全然問題ないと思うんですが、

 

成分を見ると、

 

成分その他

持続可能なヤシとココナッツ、水、水酸化ナトリウム*、グリセリン、天然植物抽出物とエッセンシャルオイルとのブレンドの非GMO食品グレードオイル。

 

*真の石鹸を作るために使われました。完全にけん化され過度に乾燥した石けんに残るものはない。

 

だそうで、アーモンドのエッセンシャルオイルが使われているのかもしれないですね。

 

アーモンドのエッセンシャルオイルはビターアーモンドが使われているという話がネットで出てきます。

ビターアーモンドはアミグダリンが含まれるため、食用としては輸入が禁止されているそうです。

 

(参考)アーモンドの植物分類|グリコ

 

 

それから、成分に水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)が挙がっているので、もしかしてコールドプロセス?と思ったんですが、注で完全に鹸化するために使われている、みたいなことが書かれているので、違うかも。

どういう作られ方をしているんだろう。

 

もしかして、コールドプロセスで作られているとしたら、1個200円で手に入るとすると、手作りしている身としては立つ瀬がないというか。

コールドプロセスじゃなかったとしても、この石鹸の使用感がめっちゃよかったら、作るのやめる気がする。

どうなるかなー。

 

 

 

 

 

虎豆を戻している最中です。

ドライフルーツを入れて甘煮にしようと思ってます。

 

f:id:cocco32:20180505102626j:plain

 

 

 

ドライフルーツオンリーで豆の甘みをつけるやり方は、奥薗壽子さんの乾物の本に載っていました。

甘みが物足りないときは、はちみつを少し足してくださいとあります。

 

甘いものが嫌いなわけではありませんが、砂糖の味が感じられるのはあまり好きではないらしい・・・・

市販の豆煮とかお惣菜とかを常用するのは結構きついです。

 

お弁当用に冷凍できるかなーというのを試してみたいと思ってます。

 

今回は、いただきものの冬瓜の砂糖漬@沖縄を一緒に漬け込みます。

 

冬瓜漬がなくなったら、コストコでドライフルーツを見てみようかなー。

といっても、オイルコーティングされているものは煮物には合わない気がするので、ドライマンゴーとかかなー。

 

と思って検索していたら、イチジクもあるのか。

 

costcotuu.com

 

これはちょっと気になります。

今度行ったときに探してみたいと思います。

 

 

 

 

GWの最初の方で、お台場とみなとみらいへちょろっと出かけてきましたが、引きこもり生活をしている間に、外の空気が合わない身体になってしまっている模様。

みなとみらいの方がどちらかというと好きかなー。

お台場は多分アウト。合わない。

 

家でまったり静かに過ごす方が好きだなー。

というのを再認識したのですが、

 

これって、生活上の物語なんだなーというのも実感しました。

 

 

人は物語を求める性質があると思います。

 

内田伸子先生が何度か村上春樹氏のことばを引用して「よき物語には悪しき世界から人を守る力がある」みたいなことを話していたのがようやく理解できるようになった気がします。

 

人にはセンセーショナルなもの、ドラマティックな物語を求める傾向もあります。

 

ドラマティックな物語には嵐が付きもので、よき物語には、嵐とその嵐から抜け出す方策、抜け出した後の探求可能なフラットな地平のようなものが描き出されている気がします。

 

 

インスタ映えなんかは、ドラマティックなあるいは非日常の物語を共有する欲求であるという気もします。

うまく使わないと嵐に呑み込まれそうな気がして使う気にはなりませんが。

 

タイトルの「等身大の生活を物語にする」は、現時点での到達点であるのかもしれないと思ったりします。