Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

第2次ベビーブーマーはロスジェネ世代か

GWに入りました。

1日だけ仕事がありますが、あとは5月6日まで家でゆっくりです。

といいつつ、昨日はお台場の科学未来館に行ってきました。

結構混んでました。

 

町田方面へ引っ越して1年しか経たないというのに、都心がすっかり遠のいてしまいました。

しかし、私個人的には近場で全然オッケー。

町田と横浜だけでええわ。

多摩地区万歳。

あ、横浜市の大部分は多摩地区じゃありません。

念のため。

 

 

私は1972年生まれですが、知らない間にロスジェネ世代に入れられていました。

ロスジェネ世代、1970年代後半生まれの人を指していた気がするんですが。

バブル崩壊から不良債権処理が難航したりで沈みゆく世相が明確になった時期に社会に出た世代というイメージを持っていました。

時代を経て検証したことで、世代の区分が変わるということでしょうか。

 

どこのサイトに書いてあったか忘れましたが、バブル崩壊が1990年、企業が雇用を締め始めたのが1993年、初めての就職氷河期が1994年卒の人たち、終身雇用制が崩れたのが1995年だそうです。

 

私は1995年の3月に大学を卒業しているので、就職氷河期に入りかけた時期の世代です。

1995年は1月に阪神淡路大震災があって、3月に地下鉄サリン事件がありました。

阪神淡路大震災によって関西の経済は一気に冷えています。

 

1993年から1995年あたりは、時代の変わり目なのかなーという気がします。

変わり目というのは、明確には現象には表れていなくて、モヤっと空気感でなんか変わるかも・・・・ちょっと不安かも・・・・みたいな感じになります。

 

なので、分析がいつも遅れて、あとから名前がつけられる、みたいなところがある気がします。

 

時代の変わり目のモヤっと感といえば、1971年のニクソンショックが気になっていて、これに勝るものはないのではないかという気がしていたりします。

 

ニクソン・ショック - Wikipedia

 

ウィキペディアにはニクソンショックには、ニクソン訪中宣言とドル・ショックの2つがあると書かれていますが、ここで書きたいのはドル・ショックの方です。

 

第2次ニクソン・ショックドル・ショック)は、1971年8月15日に発表された、米ドル紙幣ととの兌換一時停止を宣言し、ブレトン・ウッズ体制終結を告げた新しい経済政策をいう。→この頁で説明。

 

 

だそうです。

 

日本経済への影響は、ドル・ショックから1週間もたたないうちに、1ドル360円の固定相場の時代から、変動相場制へと変わったことでしょう。

 変動相場制への移行過程として、1971年の末に1ドル308円の固定相場制が導入されます。

 

日本からみたら、1ドル360円から308円に切り上げられるというのは、輸出した時に入ってくる円が大幅ダウンになりますし、アメリカからみたら、輸入時の赤字が減らせることになります。

 

ちなみに、ウィキペディアを見ますと、このときの切り上げ率は日本が最大らしく、西ドイツなんかは、ドル・ショック前にすでに何度か切り上げをして、さらに変動相場制を導入していたのだとか。

 

1ドル360円というのは、1971年当時、すでに実態を持たないレートと化していて(つまり日本がもらいすぎ、アメリカが払い過ぎというか払うだけの余裕がなくなった、金の保有率も下がった)、ニクソンの声明によって、「正常化」したといえなくもないかもしれません。

トランプ大統領は、1960年代から1970年代にビジネスの基盤を作っていますから、アメリカが他の国に対して大盤振る舞いしすぎだという気持ちを持っていたとしても不思議はないのかな?という気がします。

 

さらにウィキペディアを見ていきますと、1ドル308円(スミソニアン体制)は、翌年の1972年3月には崩壊し、さらに1973年の2月には、1ドル257~264円で調整されたみたいですね。

 

ここでレートの割合を比較してみましょう。

長く続いた1ドル360円から比べると、

 

1ドル308円は85パーセント程度、

1ドル257円は実に70パーセント強。

 

1973年には、同じものを同じ値段(ドル)で輸出しても、7割の円しかもらえなくなったってことですね。

 

 

なので、当時の日本は、もしかしたらバブル崩壊みたいな状況だったかも。

 

さらに、国際政治に関してみてみますと、1972年5月には沖縄返還、9月に日中国交正常化

また、生活に関係してくるレベルでいうと、第1次石油ショックが1973年11月。

翌1974年には物価が23パーセント上昇からの戦後初のマイナス成長を記録。

(参考)オイルショック - Wikipedia

 

 

あまり取り上げられることはありませんが、1970年代前半は、動乱の時代と言ってもいいのではないかという気がするんですが。

こういう時代背景が世代の特色に影響しないことはないだろうと思いますし、特に物価なんかの生活に直結する指標が変動すると、子育てのあり方にも影響があるだろうなー。

 

 

ということで、1970年代前半生まれは、生まれた時代がバブル崩壊からの経済停滞みたいなもので、大学卒業時には実際に言われるバブル崩壊からの経済停滞が起こっていて・・・・って感じですよね。

 

そこらへんの動向が一応は落ち着いたと考えられる(ただし低値で)1970年代後半生まれとでは、やはり何かが違うのではないかという気がします。

どちらがいいという話ではなくて、世界の変化の渦中に自分も変化というのも、停滞時に社会に出ていくのも、どちらもきついと思いますけど。

 

ということで、1970年代前半生まれは、違う名前をつけて欲しいですね。

いっそのことニクソンショック世代とか。

そっちの方が分かりやすくないですか。

 

ちなみに、1970年代前半生まれの親は、第二次大戦後すぐ生まれの団塊の世代が多いです。

ウチの親は戦前、戦中生まれで少し年が上ですが。

 

団塊の世代はこれまた、混乱期の時代、親が自分の子どもを顧みる余裕などない時代に生まれ育っています。

(私がお世話になっていた保育園は、第二次大戦後わりとすぐにお寺さんが始めています。寺の近隣で子どもを面倒見る人がいないので、「ウチがやります」的な感じです。)

世代の循環みたいなのがありそうで、ちょっと怖い気もしています。