Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

自分自身に対して共感性を持って生きる

昨日カタライザーを使い始めた話を書きましたがその続き。

 

根拠というかつながりがかなり主観的で、客観性には欠ける内容なので、取扱注意です。

 

 

突然問題の根本が分かりました。

 

心身ともに問題ありまくりの前半生でしたが、何が根本かというと、

 

自分自身に対する共感性が欠けていることではないかと感じました。

 

 

共感性というのは通常他の人に対して使う言葉ですが、自分に対する共感性もあるよなと思いました。

 

共感性というのは、平たくいうと理屈抜きで温かく分かる感覚だと思います。

自分自身に対して「あー、分かる」と感じられるかどうか。

 

 

自分自身に対する共感性が欠けていることは自分自身を大事にしないことにつながると感じました。

 

 

ここから先はさらにつながりが怪しげになってきますが、鼻が悪かったり詰まったりしていると自分自身に対する共感性も欠ける気がします。

 

嗅覚は危険察知にすごく関係していると思います。

変な匂いがしたら一瞬動きが止まるし、何かを焦がしていたらガスの火を止めに行くし、外で変な匂いがしたらその場所は避けるし、といった具合です。

 

逆に、いい匂いがしても動きが止まります。

 

鼻が悪いと理屈抜きの部分がすっぽり抜けてしまう気がします。

 

そして、自分が行きたい方向、避けたい方向みたいなものが分からないまま行動してしまう → 不本意な行動や結果につながる、みたいなところが自分を大事にしないことにつながってくる気がします。

 

 

共感性というのは感情も含まれますので、嗅覚とどう関係しているんだ?と言われたら、論理的には説明できません。

ただそう感じるだけです。

なので、共感性と嗅覚が関係しているなどというのは全くもって信じられないという方も多数いらっしゃるでしょうし、信じられないというのは当然だと思います。

 

 

それでも、なんかよく分からんひらめきによって、自分の中がすっきりしたので書いてみました。

 

 

自分の望みと社会での要請がばっちり合うことなど稀で、そこにはすり合わせが必ず必要になってきますが、

 

自分の望みと社会での要請が合わない時であっても、

 

いきなり社会での要請に合わせるのではなくて、

 

自分に対して、

 

あー、分かる

 

とか、

 

なんでそう思ったか分からないけど、今はそう思うんだよね、

 

とか、そういう形でワンクッション置くといいのかなと思ったりします。