Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます

未知の状況を一緒に探求できる人と結婚したい

昨日婚活関連の記事をアップしてから自分はどういう結婚を望んでいたのか、あるいは望むのかを考えてみました。

 

自分と相手に情緒の安定を望むというのは、離婚以来わりと考えていたことなんですが、それって最低ラインというか守りの側面なので、「誰でもいいです」って言っているのとあまり変わらないんです。

 

しかし、誰でもいいわけないじゃないか。

私の場合、全てにおいて守備範囲は広いがストライクゾーンはめっちゃ狭いっていう、よく分からんことになっているので、そういう人間が誰でもいいわけがないじゃないか、と思うわけです。

 

帰る家が欲しいというのはあります。

ひとりだろうがふたりだろうが帰る家は欲しいよね。

 

みたいなのをつらつら考えていて、一番しっくりくるのが、タイトルの、

 

 

未知の状況を一緒に探求できる人と結婚したい

 

でした。

 

未知の状況はポジネガ両方あります。

他人と暮らす時点で、ちっちゃな生活習慣ひとつで「うわぁ」って思うことはたくさんあります。

「うわぁ」って思うことから、面白いことに発展していったり、ニッチな家が出来上がっていくってところがあります。

逆に降りかかる厄災みたいなものもあります。

未然に防げる厄災は防ぎ、防ぎきれなかったものはどうやって解決していくか。

 

そういうのって結構面白いんだな。

もちろん、手に余る事態もありますが、最も手に余るのは、暴発したあるいは鬱屈しすぎた感情だったりします。

なので、情緒の安定が最低ライン。

 

ここ何年かはしちめんどくさい人間関係を避けることで体力も回復しましたし、おひとり様のちっちゃな生活も堪能しました。

それはそれで楽しいんですけど、盆栽生活を死ぬまで続けていると退屈しそうだなという気もしてきました。

 

ま、別に結婚でなくても仕事でもなんでもいいんですけど、次の4月からの年度は、もうちょっと外に出てみるかもしれません。