Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

中年期の危機は季節感を大切にすると超えやすくなるかもしれない

先日友達が遊びに来て、三渓園を散策していました。

2度目でしたが、ガイドさんがついてくれたので、前とはまた違った見方をすることができました。

 

移築された建築物の共通性がよくわからなかったのですが、岐阜県に生まれ、少年時代を京都で過ごし、結婚してから横浜の実業家として活躍したということを考え合わせることで、ようやく京都の寺からのものと、合掌造りが共存している理由が分かりました。

(合掌造りは製糸産業と関連。おそらく)

 

記念館では、これまたここで出会うとは!

龍村美術織物と松栄堂の製品が。

若い頃は、松栄堂のお香はともかく、正直なところ龍村の織物など、うわだっさ!と思っていました。すみませんです。。。。。

すみませんと言っても、龍村の名前に傷がつくというよりは、私が文化を解さない野蛮人であるということを堂々と言っているだけの話なんですが。

しかし、中年になって改めて見てみると、ええもんなんやなーというのを感じました。

 

 

若い時と年を重ねたときでは、感じることが全く違うわけですが、ある程度は仕方ないのかもしれません。

 

そもそも、依拠する原理が全く違ってくるのでは。

 

大人になるまでは、発達の道筋はある程度一般化できますし、発達の道筋にある程度は依拠して学校教育も作られています。

また、その一方で、若い頃は、周りに流されない個としての発達の勢いのようなものがある気がします。

つまり、一般化された発達の道筋をゆるく視野に入れながら、個の発達の勢いによって育つということが可能になっているのではないかと思います。

 

 

しかし、成人期はどうかというと、多様性が大きくて、学校の枠組みのように明確な展望を持って働きかけてくれる環境があるわけではない。

30代くらいまではそれでも子ども時代の枠組みに沿って生きることも可能である。

 

しかし、その枠組みが完全に消失するのが成人後期、30代後半である、という気がします。

エリクソンのような大きな発達の枠組みはありますが、それ以外だとライフイベントくらい?

ライフイベントは人それぞれすぎて、いつになったらこれをする、みたいなものにはあまりならない気がします。

むしろ、降りかかってきたときにどうやって対処するか。

 

そして、30代後半になると、子どもほど発達はしません。

発達というのは、非可逆的で質的な変化を伴います。

発達しない=変化しないとなると、毎日毎日同じことの繰り返し・・・・みたいなことにもなりかねないわけで、そういう停滞感みたいなものが生まれて焦って婚活してみるけど、人と協同しながら何かをやったことがないためにうまくいかないなんてことにもなりかねません。

 

人は、自分の内部環境だけで何かを得て暮らしていけるようにはなっていないように思います。

外部環境と内部環境の相互作用の中で、変化したり維持したり。

子ども時代は変化のほうが大きいですが、年を重ねるにつれて維持のほうが大きくなります。

その分岐点が30代後半あたりなのかなという気がします。

 

私たちは、子ども時代から変化のためのお作法については学ぶ機会を持っています。

しかし、維持のためのお作法については、このご時世あまり触れる機会がないのでは?という気がします。

 

維持のためのお作法とはぶっちゃけ季節を大切にするということではないかと思いました。

四季の変化というのも変化ではあるんですが、循環の変化ですね。

春が来て1年後にまた春がやってくる。

1年前の春と今年の春は違う春なんだけど、同じ春である。

何か質的に変化したかといえば、そういう変化ではない。

巡り巡ってまたやってくる。

 

それが自然における四季の変化であろうと思います。

 

 

自分の中の質的変化への圧力が少なくなってきたときにどこに依拠して生きればいいかというと、四季の移り変わりではないか。

 

そういう気がします。

 

四季の変化というのは、思った以上に私の身体に影響をもたらしているのだと感じたのは、アーユルヴェーダのオイルを使い始めてからなのですが、

 

春はカパ

夏はピッタ

秋・冬はヴァータ

 

が優勢になる。

 

んで、オイルの使い方がどうなるかというと、

 

春に使っていたオイルは日差しが増すにつれて使いたくなくなったので、

ピッタのオイルに変えたら使いたくなり、

肌寒くなったあたりでピッタのオイルは使いたくなくなって、

ヴァータのオイルに変えたら使いたくなり、

今は春なのでカパにもいけるやつ、

 

みたいな感じ。

 

これ、頭で考えたわけじゃないですよ。

今、ウチにはオイルが山ほどあるので、できれば増やしたくないし、1本でいけるのであればそのほうがいいと思うし。

でも、途中で使いたくなくなるんですよ。

それが、笑えるくらい季節とドーシャに対応しているっていう。

 

 

そういうことを考えると、四季折々の何かを生活の中に取り入れるというのは、中年期以降の自分自身に勢いがなくなった時期からは結構重要な気がします。

 

その中で最も大事なのは食でしょう。

季節に合わせた食養生のようなもの。

 

春先にはえぐみのある山菜を食べることで、冬に溜まった何かを排出するみたいな記事をずいぶん以前に読んだことがありますが、春はカパを下げるのが良い=溜まりやすいものを排出しやすくする、カパを下げるのは辛、苦、渋味であるというのと似てるなーと思ったりします。

 

中国医学でも食養生というか薬膳というか、そういうものがあると思うんですが、日本だと、アーユルヴェーダ食養生より中国医学食養生のほうがつぶしがききそうな気がします。雰囲気ですけど。

 

身体の原理としては中国医学はとても興味があったのですが、食養生になるとさっぱり・・・・というところがあって、なんとなく興味がストップしていましたが、そのうち勉強してみたい気がします。