Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

友人と話していて母(もうすぐ80歳)の仕事観が理解できた

この間友人とごはんを食べているときに、親世代の結婚観、仕事観の話になって、

 

昔は女性の職業が限られていて、先生か看護師(当時は看護婦)、その中でも大学の先生は特別だったんじゃないか、という話に落ち着きました。

 

今70代80代というと、大学に行く女性の数もごく限られていましたし、その中で大学に残ってさらにずっと先生でいられるとなるとごくわずかです。

 

現在活躍されている方でいうと、上野千鶴子先生や内田伸子先生あたりのイメージでしょうか。

 

 

私の母親は、看護師の仕事を続けたかったけれども子どもが生まれて家庭に入ったクチで、子どもには一生仕事を続けて欲しいという気持ちを持っていました。

 

なので、はよ結婚せえとか言われたことないですし、

 

むしろ、30歳過ぎてようやく博士号が取れて、そろそろ婚活でも・・・・と思ったときに、母親には、「仕事が落ち着いてからでいいんじゃないか」と言われたという。

(そのときにはさすがに目が点になって、母親には従わずに婚活しましたが)

 

10年くらい前から大学離脱を図ろうとして、いろいろやり始めたり、離婚したりして結局今は大学の非常勤をしていますが、非常勤をやり始めのときに、「やっぱり大学にちゃんと勤めてほしい」と言われました。

 

いや、そんなに簡単に勤められるものでもないんやけどな、このご時世、というのと、母親の生育歴によってサラリーマン万能観みたいなのができたんだなというのを両方感じました。

ちなみに、離婚していろいろボロボロになっているときにあまりにもしつこく言われて(仕事以外も含む)、母親から電話がかかってくると具合が悪くなるので、ここのところ実家には帰っていません。

 

 

で、あまりにも帰らなさすぎて、今度は「お父さんは80歳もとっくの昔に過ぎて、お母さんももうすぐ80歳だからいつ死ぬか分からない」みたいな電話になってきて、お母さん、頭では理解できるけど、お母さんから電話かかってきたらパニック発作みたいなイヤな動悸が。。。

 

 

 

話を元に戻すと、ずっと私は、母親は職業婦人礼賛で、私が大学にずっと残っていたので、職業人として大学に正規で勤めてほしいと思っていると思っていました。

 

しかし、友人と話をしていて、もしかして、

 

うちの母親は、私に上野千鶴子先生みたいになれと言っていたのかもしれないなと思いました。

 

 

他の例でいうと、

 

将棋の藤井六段みたいになれ

 

というのと同じでしょう。

 

上野千鶴子先生と藤井六段は全く違う人生ですが、おそらく幼いころからアイデンティティ達成の部分があったんではないかと想像します。

 

そう思うと、何やら腑に落ちることがあって、

 

 

 

(小さい字で余談)

父親は、数学→数学教育で分野を変えている人間ですが、分野を変えるときにうまくいかなくて、すったもんだしています。

 

母親はそういうのがあまり気に入らないらしく、

数学は若い頃の才能によって決まるので、さっさと転向したらよかったのに、

と言っていました。

 

まあ、正直言って、部外者は何とでもいえるよねっていうセリフなんですが。

 

 

 

 おかん、それ無理だから。

  

というのに気づいて、なんかすっきりしました。

私の実情とあまりにもかけ離れているから、如何ともしようがないというか。

おかん、勝手にやっといてーって感じ。

 

 

母親から電話がかかってくると具合が悪くなると書きましたが、そろそろその局面も抜けてもうちょっとタフになりたいなと思っています。