Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

絶対評価と相対評価が混ざったらめんどうくさいことになることがあるなと思った

人のいいところを見つけて伝えるのが好きです。

ほんのちょっとのことですが、それだけで思っても見なかった方向に育ったり、すごいパフォーマンスが生まれることもしばしばです。

 

 

なんですが、ときどき、いや?頻繁に、「○○が素敵ですね」と伝えると、マウンティングしてくる方もいらっしゃいます。

 

これは何なんだろう?とわりかしモヤモヤする案件ではあるんですが(マウンティングした時点でその人は伸びないと感じているため)、

 

やっと納得のいく答えを見つけることができた気がします。

 

 

私が伝えている「○○が素敵ですね」というのは、絶対評価です。

良いものは良い。他者との比較など介在しない。

と思っています。

 

しかし、言われた側は、無意識に「誰かと比較して私は優れている」という形に変換してしまっているのではないかと思いました。

「誰かと比較して私は優れている」というのは相対評価です。

ある集団における優劣や序列を決めるということです。

 

 

 

絶対評価相対評価は厳密に切り分けられるかというとそういうわけではないと思います。

しかし、無意識に変換されるのはどうなのかなーという気がしました。

 

子ども時代から、人と比較される=相対評価にばかり晒されていて、自分内部での美徳や達成=絶対評価に目が向かないということになっていたとしたら悲しいなと思うし、マウンティングに巻き込まれるのも面倒なことではあります。