Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

「美しくあらねばならない」という世間的なプレッシャーとどう付き合うか

自分に対しても他人に対してもあまり見た目にはこだわりません。

おそらく世間的な基準というものをあまり重視していないのと、空間認識能力が著しく低いので、そもそも美醜を判断するベースとなる能力も著しく低いからではないかと思っています。

 

実際の生活ではやりたいことがどんどん出てくるので、そっちに注意を向けていると、容姿について人からどう思われるかについても優先順位が低くなります。

 

 

世間というかネットの世界では、美しくなる方法で溢れかえっていますし、「美しくなった」という人(私の年代では「美魔女」とか)の事例もたくさん目にします。

私の場合は、健康とか体力とかの中身を底上げする必要がずっとあったので、見た目は後回しだと割り切っていて、気をつけているのは、

 

  • 小奇麗に見える程度には服装を整える
  • 顔色が明るく見えるように生活習慣に気をつける
  • 機嫌がよく見えるように表情とボキャブラリに気をつける。ただし、無理できる性格ではないので、感情が高止まりするような生活の回し方をする

 

くらいでしょうか。

 

人前に出る仕事をしているので、他人の気持ちが落ちないようにすることは気をつけています。

「自分も他人も機嫌よく過ごせる」見た目と、ネットで流布している「美しさ」とはなんかイマイチ一致している気がしないので、あまり気にしていません。うまく距離は取れていると思います。

 

というか思っていました。

 

思っていたんですけど、実はそこそこ影響を受けていることに気づきました。

 

 

私はネットが好きなので、ずっと見ていると、スキンケアその他の記事や広告が目に入ります。

それらの記事や広告は、ぶっちゃけ「○○したら肌が○才若返る」みたいなことを髣髴とさせる内容になっています。

(基礎化粧品の広告の場合は直接書くとアウトですが、そういう方向へ目が向くようなつくりになっています)

 

で、そういう記事なり広告なりを見ていると、知らない間にどうなっているかというと、

 

40代でも美しく在るのが当たり前

 

とか、

 

アンチエイジングに取り組むことは当たり前

 

とか、

 

 

知らない間にそういう心境になっていっていたらしい。

 

 

 

「美しくなる」ための情報が流布すること自体が悪いと思っているわけではありません。

必要としている人はいるわけですし、私自身もこのブログでアップしている内容の多くは自分自身の健康実践法であったりするわけなので、「美」か「健康」かの違いにどこまでの違いがあるのかなと思ったりはします。

 

しかし、ネットに流布している内容の中には、自分の路線に合うものと合わないものが明らかにあります。

自分の今の路線ではない情報や、今必要としてない情報に対しての自分の付き合い方を変えていく必要があるのかなと思いました。

 

 

今必要としていない情報と付き合うときに、気をつけたほうがよいと感じたことは2つあって、

 

  • 自分の「美」に対する姿勢をはっきりさせる。
    こういうことを書いていると誤解を受けそうですが、「美しく在る」ことがまったく必要ではないとは思いませんし、美しくなれるのであればそれに越したことはないと思います。
    心理的ストレスを軽減するとか、体力をアップさせるとか、そういうことを何年かやってきましたが、心理的ストレスが減ると頭の形や整ったり鼻筋が通ったりとか、体力がアップしていく過程で身体全体がリフトアップするとか、そういうことも体験しています(あくまで個人の主観です)。
    そういう過程を経験していると、「美しくなる」という目標を最前面に押し出して生きる必要はなくなってきます。

 

  • 今必要のない情報が強制力となる事態を避ける。
    私の中の「美」というのは健康の中に含まれる一項目であるため、それだけを独立させて取り組む必要が少なくとも現在はないと感じていることを、今回再確認しました。
    一方で、ネットに流布する情報から、今取り組んでいる事柄以外を強制されているかのような気分になっていることも再確認しました。これはあくまで私自身の主観であるので、客観的な情報提示の方法とは別物だと考えてください。
    必要ないのに強制されているかのような気分になる、しかも意識に上るか上らないかの微妙なレベルおいて、という事態が、自分自身のリソースを食っているのだなと感じました。(PCのメモリの容量をそこそこ使っているため、ほかの処理が微妙に遅くなっているイメージ)
    私は「みんながやっているからやる」みたいな姿勢に関しては非常に鈍感ですが、そういう私であっても、マジョリティであるかのような情報提示をされると注意を向けてしまい、それが自分のリソースを食っているのだなと思います。