Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

健康を回復したサバイバーとして生きる

年末から年明けにかけて自己概念が変わり続けているのですが、

 

阪神淡路大震災23周年のこの時期に、「過去に起こったことは消せないのだ」とやっと認識することができました。

ということは、私は過去を消したかったのだと改めて気づくわけなんですが。

 

阪神淡路大震災は私が大学4年のときに起こっていて、人生の折り返しの地点に震災があるという、そういう時期でもあります。

 

随分長くかかったなーという感じではあります。

本来的な意味でのPTSDは最近まで残っていました。

大災害でもPTSDにならない人が大部分ですし、1年くらいで消えていく人も多いそうなので、20年もPTSDを持ち続ける人がどれくらいいるのかはわかりません。

震災前にどのくらい痛めつけられていたか、震災後の人生に何が起こったかによって全然変わってくると思います。

 

 

私の場合は、複雑性PTSDに震災のPTSDが上乗せされたのでちょっと特殊かもしれません。

さらに、心理学などをやっていて人生の理解の仕方が違うらしいので、それもちょっと特殊かもしれません。

 

ここ数年、中年期のアイデンティティの再構築で自分の人生を掘り返していましたが、掘り返して理解して人生の道筋が規定のものとは変わってくることで、これまで辿ってきた人生がチャラになると無自覚に思っていました。

 

しかし、それはないのだなーと。

心理学は飽きたので、生化学か栄養関係について(大学で)学びたいと思ったりしていましたが、それも無自覚に違う人生を歩みたいというのを反映していたのだなーと。

 

この間知人と話をしていて感じたのですが、正真正銘健康に生きてきた人は、人の苦しみを理解する枠組みがないのではないかと。

私自身は子どもの頃からやたらと相談を受けてきましたが、それはどうしてかというと、子どもの頃にはすでに自分に降りかかってきた不条理不合理を消化して解決する力がついていたってことなのではないかと。

この力は健康を代償にして得てきたところもあるわけですが、これまたここ数年の取り組みにより、健康は回復するということが分かってきたのでそれもいいのかなと。

 

いずれにせよ、失われてバラバラになって取り戻す過程の上にいまの私が乗っかっているわけで、仮に完全な健康が回復してイヤな記憶が完全になくなったとしても、その過程が私の中から失われることはないのだ、失われなくてもいいのだなと。

 

 この過程を支えているのは、「私には回復する力がある」という根拠なき確信で、その確信は発達という現象について理解しているからだと思っていました。

しかし、実際は逆で、「私には回復する力がある」という確信が発達についての理解を支えているのだと気づきました。

(アカデミックの世界になじめなかった理由も分かりました。理解の入り口が全く違っているから)

 

 

人生においてつまづき続けたとか大きすぎる挫折を味わったとかいう場合、心か身体かどちらかあるいは両方に関して調子を崩しがちになったりします。

調子を崩しがちになってしまった場合、自分に対する信頼も薄れがちになったりしますが、体調も自分に対する信頼も回復することができます。

一生養生しつづけるという前提になるかもしれませんが(私の場合は一生養生し続けるレベル)。