Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

試行錯誤とPDCA

ピアジェの感覚運動期を見直してみて気づきました。

 

1歳前半(第5段階)は試行錯誤、1歳後半(第6段階)はイメージの形成。

 

これって、もしかして、試行錯誤がイメージを芽生えさせるということでしょうか。

 

イメージは記憶の一形態ともいえ、記憶自体は0歳の後半でしっかりしてきます。

 

単純な記憶がどうやってイメージに飛躍していくのか。

これは、発達の謎でもあるわけですが、

 

何回も試した行動と結果が内面化したものがイメージの原初であるといえるのかどうか。

 

そして、これが大人にもあてはまるのかどうか。

 

大人を被験者としたときに初めてのもの(ロボット)の機能を確かめる際に、循環反応に似た行動が出るという研究を大学院時代の授業で読みました。

 

循環反応が出るのだから、試行錯誤→イメージも出るだろうというのは乱暴だろうか。

 

PDCAというのは、骨だけにすると、イメージの形成→結果の評価であって、イメージの形成→結果の評価に類するものは、2歳になると遊びの中に出てきます。

あのどうしようもない頑固さの中には、PDCAへの渇望みたいなものがありそうな気がします。

 

 

大人でPDCAができる人とできない人の違いは、試行錯誤がナチュラルに行動に埋め込まれているか否かという点ではないか。

 

ナチュラルに試行錯誤しているので、いろんなことに対する行動と結果の予測がしやすくなり、結果プランニングがうまくでき、結果の評価もしやすくなる、ということになっているのでは。

 

 

マニュアルを読んでPDCAを実行しようとするのはかなり畑違いなことな気がする。

100歩譲ってマニュアルを読みながらPDCAを実行しようとするならば、マニュアルに書かれている状況が、自分の状況の何に当てはまっているのかを分析して置き換える作業は必要。

 

でも、それやっている時間で、何でもいいから試してみて場数踏んだほうが早い気がする。

場数をこなしている作業は、仕事の表舞台には出てこない。

表舞台に出てくるのは、体感的には1%程度。