Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳 → 幹細胞みたいになってます。機能が分化した別館も併せてよろしくお願いします

ブラックの呪縛

はてなブログのトップにフミコフミオさんの記事が載っていたらつい読んでしまうのですが、記事の下のランキングを覗いてみました。

 

delete-all.hatenablog.com

 

これはなんだか身につまされるというか・・・・

私の場合、真性ブラックの職場は殆ど経験していなくて(というか真性ブラックが分かった時点で逃げ出している)中途半端なブラックをいくつか、という感じですが、それでも、人の好意を信じられないとかそういうのはあるなーと思います。

 

真性ブラックと中途半端ブラックの違いは、真性ブラックの場合は人からのフィードバックに著しく無感覚であるが故に人を陥れるようなことをしたとしても平気でいられるのに対して、中途半端ブラックはいい人になりたいあるいは悪い人にはなりたくないと思っているにも関わらず怠惰や対処能力の欠如により結果的にブラックになっているという点ではないかと思ったりします。

 

ヴィクトール・フランクルの『夜と霧(新訳版)』では、ナチス強制収容所の看守は、品性の劣悪な人が選ばれていたといったことが書かれていたと記憶しています。

ナチス強制収容所は、生かさず殺さずのギリギリのラインで収容者を働かせることで最大の利益を上げようとしていたそうで、そういう環境化では、人格の優れた人がトップに立つに類する私たちの「常識」(あるいは理想)は容易に覆されてしまうということではないかと思います。

 

そういう状況に長く置かれると人を信じられなくなり、最悪の状況を脱出した後でもその後遺症に苦しむのだなーと。

そこらへんの話は精神科医の高橋和巳さんの本にも出ていることだったりしますし、自分自身の経験でもやっぱりそういうところはあるよなと思います。

今は自分自身の最悪の事態は脱していますが、それでもやはり人に対して「ここらへんでやめとこ。だってこれ以上やっても解決にならないもん」と思ってしまうところはあります。

中途半端なブラックでも不信に陥るところはあるわけで、真性ブラックの場合どういう状態になるのか想像がつきません。

 

それから、今の上司に昔の職場のブラックぶりを分かってもらえないというのも、高橋和巳さんの本に書かれていた健康に生きてきた人と被虐待者との埋めがたい溝と似ていると感じました。

そもそも、人に対するときの前提が信頼なのか不信なのかで世界が180度反転するので、埋めようがないということもあります。

 

ただ、健康に生きてきた人の、人を見る目は侮れないこともあって、上司の「嫌われ役になって欲しい」という要求は、フミコフミオさんの経験してきた職場のブラックぶりを誤解しての発言ではなくて、人間の環境としてどう考えてもおかしい職場を生き抜いてきたフミコフミオさんの何かを見てのことである可能性もあると感じました。

 

私だったら、嫌われ役というのは具体的にはどのようなことをして欲しいのかを聞いちゃうかなーと思ったりします。

嫌われ役が必要な職場ってホワイトなんですか?って気がするんですけど。

 

中途半端なブラックを経験してきた立場としては、フミコフミオさんの新しい職場はホワイトなんではなくて、単にヌルい職場である可能性もあるんじゃないかと。

 

なんていうんですか、日和見ホワイトっていうか。

 

日和見ホワイトは、今は環境がいいからみんな良い人なんだけど、環境が悪化したらわりと簡単に中途半端ブラックに変身します。

感情表出が穏やかだったりイヤな行動に移さなかったりするから、パッと見はマイルドなんだけど、単に感覚が鈍くて行動が遅いだけだったりするので、徐々に水の温度を上げられている茹でガエルのごとく、アチチ!ってなったときにはすでに時遅しでしかも対処能力がそれほどある訳ではないのでどんどん悪いほうに転げていくっていうことも、そこそこあります。

 

今まで経験した中途半端ブラックな組織の人たちは、仕事のパフォーマンスよりも人間関係や褒められること、あるいは自分の意見が通らない人を敵視することに注意を向ける傾向にあったように思います。

仕事のパフォーマンスなどお構いなしです。

 

フミコフミオさんの経験した真性ブラックは、自分の能力のなさが露呈しないように人の足を引っ張るということが結構あったということですが、仕事の能力やパフォーマンスに注意が向いていて、手段として人間関係を使っている気がします。

ですので、通常の考えでは真逆に行っているだけで、仕事能力というベクトル上には乗っている気がします。

 

それに対して、私が経験した中途半端ブラックは、仕事能力というベクトルが機能していないところが多く、全く異次元の話が進んでいることもしばしばでした。

そのため、「仕事せんかい!」に類する内容を吼えたこともありますし(それこそ着任後1ヶ月くらいで)、話の分かる人を掴まえて、ないところにドアを作った事も沢山あります。

 

しかし、これって若気の至りでやってしまったことも多々あって、中年のおばちゃんとなった今、やれと言われてやるかなーという気もします。

というか、面倒なことは、ぬらりくらりと出来る限り避けて、自分がやらねば回らないポイントだけ動いている今日この頃。

(その方がパフォーマンスがいいことにも気づきつつある今日この頃)

 

それでもやれと言われたら?

そこそこ腹黒いこともできるようになってきたので、普段は物分りのよい人を装い、ときどき冷や水を浴びせる感じかなと。

冷や水というのは、「このまま行くとあんた地獄に落ちるよby某占い師」の内容そのままに、口調を100倍マイルドにして言う感じでしょうか。

ここらへんがギリギリのラインかな。

 

だって、私、慎ましくも穏やかな暮らしがしたいんだもん。

 

といいつつ、このまま書き続けたら、畳で死ねない気がしてきたのでここらへんでやめようと思います。