Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳になりつつあります

某石鹸のWebCMは指示待ち族の葛藤を表現しているのでは

本日2本目です。

 

昨日のはてなブログのトップで、某石鹸のWebCMが炎上しているらしいよっていう記事が3本も並んでいたので、3本の記事と貼り付けられていた動画を見てみました。

 

以下行間読みすぎなきらいはありますが、思ったことを書いてみます。

 

内容は、子どもの誕生日に旦那さんが奥さんに「ケーキ買ってきて」「誕生日プレゼントのグローブ買ってきて」と言われたんだが、旦那さんは上司に叱責された後輩と飲みに行ってしまい、帰ってきて奥さんに「なんでよりによって・・・・」的に言われてそのまま「風呂入ってくる」と言って風呂に入り、「さ、洗い流そ」の文字が映る、みたいな感じだったと思います。

 

見たのが昨日の話になっちゃったので、文言は正確ではないかもしれませんが、流れはだいたいこんな感じだったと思います。

 

映像やセリフは、日常によく見られそうなものですが、旦那さんの心象風景?独白?とも読めるような切り取り方で、登場人物の立ち位置や感情はひどく曖昧に感じられます。

なので、旦那さんの心情や奥さんの表情などは、私が見た限りでは、動画を見た人、書き起こした人によって微妙に違っていたりしますし、気になる観点も微妙に違っていたりします。

 

そもそも、「さ、洗い流そ」って何をじゃ?というのも、他のバージョンでプチ炎上しているようですが、旦那さんが、「家庭に優しい父って正しいのか悶々」を洗い流そうという意味にも取れますし、奥さんの立場で「中2病で意味不明の夫がまたやらかした」のを洗い流そうという見方もできなくはないのかなーという気もしたりします。(旦那さん側から見た 「さ、洗い流そ」 が正しいとは思いますが)

 

 という作りになっているので、いくらでも爆弾ガソリン投入しようと思えば投入できます。

 

炎上しそうなポイントはもうひとつ、旦那さんのモヤモヤした気持ちが、

 

昔かたぎの父 VS 家庭に優しい父

 

という構造として説明されているところです。

 

何だろう?高度経済成長時代の父親像?って何?

私の家はサラリーマン家庭ではなかったし、父親も典型的な父親像ではなかったので、よく分からなかったんですが。

 

動画を見たときに、すごく気になったのが、

 

旦那さん、「はい」と「いや」と「風呂入ってくる」しか喋ってないわ・・・・・

 

ってところでした。

 

  • ゴミ出しで大きな袋を二つ抱えて玄関から出ようとしているときに、奥さんから「あなた、帰りにケーキ取ってきて」と言われて「はい」と答える
  • 後輩と飲みに行っているときに電話がかかってきて後輩からいいんですか?と聞かれて「いや」とお茶を濁す
  • 家に帰ってきて奥さんに「なんで飲みにいっちゃうかな・・・・」と言われたときに、「風呂に入ってくる」と踵を返して部屋を出て行ってしまう

 

こんだけしか喋らんの?衝撃。

って感じでした。

 

なんでこんなことに・・・・?

 

という気もしたんですが、これって、高度経済成長時代によく言われていたと思われる、

 

「メシ」「風呂」「寝る」をもじったやつ?

 

と思ったりしました。

 

 なんだろうか?

「昔かたぎの父」とは、家ではあまり喋らなくて、そういう父が家では尊敬を受け、子どもは父の背中を見て育つ、という感じのイメージなんだろうか。

よく分からん。

 

よく分からんのですが、この旦那さんが育ったのが、父が家ではあまり喋らなくて、「メシ」「風呂」「寝る」だけで事足りていた家庭だったとして、果たしてそれは、子ども時代の旦那さんが見ていたような、立派な姿だったんだろうか。

 

 

 高度経済成長時代およびその前の家父長制による父親像には、たとえば父親一家の大黒柱で、父親の意見が絶対みたいなのがありますが、これはホントだろうか?という気がしたりします。

そもそも、「メシ」「風呂」「寝る」しか言わない人の意見をどうやって聞くんだ?そこには、母親の「忖度」によって回っている姿がありはしないか?

それって何なんだ?

っていう気がするのですよね。

 

 

というのをモヤっと考えているときに、今朝たまたま見た記事がこちら。

 

president.jp

 

意識高い系はちょっと脇においておきます。

この記事の中で取り上げられていた落合さん(55歳)の人物像を引用します。

 

今回は「仕事ではお金をもらえばいい」と割り切ってきた55歳の現在を紹介しましょう。落合タクミ(仮名)が新卒入社したのは、中堅メーカーC社でした。「上司に従っていれば、失敗しても上司の責任。自分でわざわざリスクを取る必要はない」が彼の持論です。だから仕事で自発的に提案をすることはほとんどありませんでした。常に受け身で仕事をしていたのです。

彼は上司の言うことには忠実だったので、上司のウケはとてもよいものでした。入社後の10年間は高度成長期の最後の時代です。自発的に考えなくても、仕事は次々と向こうからやってきました。

 

その後落合さんは、49歳で子会社へ出向、55歳で転職斡旋会社へ登録、面接こぎつけました。面接してくれた社長に「あなたは何ができるのか?」と言われたら、「言われたことは何でもできます。仕事ですから」と答えました。そうしたら、社長に、言われたとおりにやるだけならITやAIが低コストでやってくれるなら要りませんと言われ不採用になりました。

 

この設定でいくと、落合さんが入社したのは80年代でバブルがはじける前でしょうか。

80年代だと経済成長の伸びはかなり緩やかになっているはずですが、それでも右肩上がりの成長を信じることが出来た時代といえるかもしれません。

 

落ち合いさんは「指示待ち族」だと思います。

 

落合さんの人生を読んで、某石鹸のWebCMの旦那さんの父も、もしかしたらこういう指示待ち族だったのかも?という気がしました。

 

どうしてかというと、育った家庭のコミュニケーションスタイルは、その人自身のコミュニケーションスタイルに影響するからです。

CMの旦那さんは、心のうちになんか不満を溜めながらも、奥さんには「はい」としか言えないし、あんまり自分で考えてやるっていう感じの雰囲気がないです。

 

 子どもから見たら分からなかったかもしれないけれども、実はお父さんは指示待ち族で、お父さんに憧れたCMの旦那さんも指示待ち族になっちゃった、みたいな。

指示待ち族の再生産です。

 

何年か前に、新入社員が指示待ち族だから困る、みたいなことが言われたことがあったと思いますが、指示待ち族自体は昔からいて、昔は指示待ち族でもそれほど問題にはならなかったってことではないかと。

 

失われた20年あるいは30年と言われながら右肩上がりを再来させようとしているのは、もしかしたら、「指示待ち族でも大丈夫な時代よもう一度」ってことだったりして。

 

 でも、結局のところ、指示待ち族っていうのは大人ではないので、子どものままでいさせてくださいってことなのではないかと思います。

でも、今は家庭も分業制なので、それは許されないんだよっていうのがありありと分かる某石鹸のWebCMな気がしました。

 

 

ちなみに、開成の校長先生が、思春期男子が家族に発する会話を本に書いています。

 

books.rakuten.co.jp

この本によると、思春期男子は

  • 三語主義 メシ、風呂、寝る
  • 四語主義 メシ、風呂、寝る、うるせぇ

 

で会話をする、しかし、これは母親のことを頼りにしている証であって、不安だからかえってこういう言葉として表れるのである。

不安がなくなったら「ありがとう」という言葉が出てきて思春期卒業。

とのことです。

 

あ、これって・・・・・くどくなるんで書きませんが。。。。

 

多分、CMの旦那さんも、自分子どもっぽいっていうのは分かっているので、「昔かたぎの父 VS 家庭に優しい父」などという論理を出してくるんじゃないだろうか。

 

CMの旦那さんは、「家庭に優しい父は正しいんだろうか」的な問いを発しています。

正しいのかどうかは分かりません。

それぞれの家庭のあり方にもよると思います。

 

しかし、少なくとも、「はい」「いや」「風呂に入ってくる」で済まそうとするコミュニケーションは、周囲の人にとっては全く優しくはないと思います。

 

 

 

1本目の記事はこちら。

coccolifestyle.hatenadiary.jp