Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます

【リンク】暴言は目撃しただけの人の心も脳も傷つける

 

news.yahoo.co.jp

 

何を我慢して何は我慢しなくていいのかがよく分からなくなっている昨今だなーと感じます。

「言葉の暴力」について、モヤっと思うところがあったので読んでみました。

 

暴言は自分に対して直接浴びせられるものだけではなくて、周囲で起こっているものであっても悪影響があるという内容です。

 

私たち大人も暴言に晒されたときに強いストレスを感じますが、子どもや若い人たちにも影響があります。

 

青少年に関する部分を引用しますと、

 

暴言は、言葉の暴力である。言語による虐待を、英語では”verbal abuse”という。直接的な暴言を小児期に受けると、聴覚野の一部が拡大し(=結果的にシナプス結合の密度が減る)ことが示されている(2)。また青年期における仲間からの言語的な暴力体験は、脳梁という部分の拡散異方性の低下(=大脳白質の機能低下)が見られるという(3)。

ツイッターで暴言の場面を見るだけでも、わたしたちの脳は悪影響を受けているようだ。成人ではもちろん、まして脳が発達段階にある子どもにとってみれば、なおさら感受性が高いのではないだろうか。

 

ということで、脳への影響もあります。

 

この内容については、思うことが2つあります。

 

ひとつは児童虐待との関連。

厚労省の児童虐待の定義を見ると、心理的虐待には「子どもの目の前で家族に対して暴力をふるう(ドメスティック・バイオレンス:DV) 」も含まれています。DVには精神的な暴力も含まれますので、いちいち言うことでもないかもしれませんが、夫婦のうちどちらかがもう一方に対して暴言を吐いている場面を子どもが見ていたら、それは児童虐待にあたるということです。

そして、行動面や体調面、感情の面だけではなくて脳にも悪影響を及ぼす可能性があるということだろうと思います。

 

 

もうひとつが児童期から思春期・青年期のいじめを代表とする人間関係について。

参考:

第1節 教育|平成25年版子ども・若者白書(全体版) - 内閣府

2006年度にいじめの定義が変わってから、認知件数はうなぎのぼりですが、第1-315図(かなり下のほうです)を見ると、中1、中2が多いです。

しかし、小学校においても4年生以降はそれぞれの学年で1割程度を占めています。

母数が

 

平成24(2012)年11月に公表された文部科学省の緊急調査15によると,国公私立の小学校・中学校・高校・特別支援学校におけるいじめの認知件数は,平成24年度当初から9月下旬時点までで144,054件と,上半期だけで,前年度(70,231件)1年間の2倍以上となっている。小学校では88,132件(平成23年度33,124件),中学校では,42,751件(同30,749件),高校では12,574件(同6,020件)であり,前年度と比較すると小学校での増加が著しい。(第1-3-15図(1))

 

なので、いじめ全体の数は相当なものになります。

この数字の中に、言葉の暴力だけのものがどれくらい含まれているかは分かりません。しかし、身体への暴力等があって言葉の暴力がないというのは経験上考えにくい気がします。

 

この数は認知件数なので、学校側が把握した数です。

把握されていないものも含めると、児童期および思春期・青年期には相当数の人が暴力的な関係に巻き込まれているし、その光景を目撃していると考えられます。

(ちなみに、2012上半期に数がぐんと増えているのは、文科省が何らかのキャンペーンを行ったんじゃないかと思ったりしますが、よく分かりません。認知件数というのは、見つける気があれば増えるし、見つける気がなければ減るという種類のカウント方法です)

 

これは、子ども同士の関係だけではなくて、大人も気をつける必要があることだと思います。

私自身も大学生相手に授業をしていて、やむを得ず大きな声で注意をすることがあります。

クラスの状況によっては、90分の中で何回もかなりしつこく強い態度で注意をしなければならない場合もあります。

そういう状況が何度か続くと、クラス全体の雰囲気が荒れます。

注意のターゲットとなる学生だけではなくて、真面目に聞いている学生の雰囲気も冷えていきます。

体感的には、90分の中で3回強い態度で注意することが3週連続で続くのがMAXで、それ以上続くと、多分学生全体も私も病みます。

大きな私語などは、それはそれでクラス全体の注意を削ぎますので、悪影響をもたらします。

しかし、それに対して強い態度で注意をしたとしても、もしかしたら周囲へ悪影響をもたらすことは変わりないかもしれないということを思いました。

私は自分自身が一番可愛い人間なので、自分が病んでまで学生への態度変化を求めるつもりはありませんし、キャパオーバーであるならば潔く認めて辞める覚悟はあります。

しかし、その前に、違うやり方はあるのかなーという模索は必要だと思っています。今試しているのは、全体の和を乱す人に注意を向けるのではなくて、育つ準備のできている人に注意を向けて、全体の母体を強化する方法です。

母体が強化されたら、流されているだけの人は、いいほうへ流されていきます。

結果、本当に注意散漫な人だけが私語を続けていくことになります。

 

話が少し逸れましたが、私たち大人がよかれと思ってやっていることであったとしても、子どもに悪影響を及ぼしていることがあるかもしれないということは、心に留めておく必要があると思います。

 

たとえば、児童・生徒を殴ったときに「躾である」もしくはそれにに近い言い方がされる場合があります。

(リンクした記事は言葉の暴力に関するもので、殴るというのは身体的暴力に含まれます。しかしながら、身体的暴力が言葉の暴力なしに施されるというのも考えにくいです。仮に言葉の暴力あるいは言葉がけそのものがないということがあったとしても、非常にニュートラルな言葉に暴力的な行為が付随するのであれば、それはそれで非常に恐怖を誘うことだろうと思います。一緒に働いている人がニコニコしているにも関わらず突然殴ってきたら怖くありませんか?また、言葉かけが一切ない状態で突然殴ってきたとしても非常に怖いことだと思います)

 

学校では、子どもの行動を制止しなければならない場面もたくさんあるし、よかれと思ってやったことかもしれません。

しかし、自分の善意には関係なく、子どもに悪影響を及ぼす可能性もあるだろうと考えると、「善意だから」でお茶を濁していい話ではないように感じます。

躾自体は暴力的な介入なしで成し遂げることができるはずで、大人側がどのような方法を選ぶかだけの話です。

もしも「躾」という名目で暴力が施されるのであれば、それは暴力を行った大人側の問題として動機・行動を修正するようにしていく必要があるだろうと思います。

 

 

 Yahoo!ニュースに筆者である西多昌規氏の記事一覧があったので、そちらもリンクしておきます。

 

news.yahoo.co.jp

 

アップされている記事は、2013年と最近のものです。

ブラック企業を含めた職場のメンタルヘルスや、タバコの依存の話など社会状況とも関連した記事が多く非常に面白かったです。

たとえば、「職場結合性うつ病」というのがあるそうですが、それと通常のうつ病とは違うんだそうです。個人的には、うつ病というと過労でなるものというイメージが強かったのですが、私が思っていたうつ病は「職場結合性うつ病」に近いのかもしれません。

抑うつ状態というのは、いわゆるうつ病でなくても様々な原因で起こるというのは前から聞いたことがありますので、素人が区別できるようになる必要があるかというとそういうわけでもないんだろうと思います。

しかし、自殺のリスクがどのタイミングで高まるのかというのは心に留めておいてもいいのかなーという気がしました。

 

それから、現代におけるうつ病を引き起こすリスクを記事から読み解くと「言葉の暴力」と「過重労働」になるでしょうか。

電通の女性社員の自殺においても、ほとんど寝ることもできないような労働状態に加えて、周囲(上司?)からの言葉の暴力が重なったと見ることもできるのではないかと感じました。

(睡眠がとれずに朦朧としている人に「女捨ててる」みたいなことを言うのも立派な言葉の暴力ではないかと。ほかにも沢山あると思いますが)

 

食べる寝るのサイクルが保たれていれば大概のことは大丈夫だと感じています。

過重労働と言葉の暴力でストレスがうなぎのぼりの状態にはまってしまうと抜け出すのは大変ですが(おそらく学習性無力感みたいなものもあるんだろうと思います)、夜眠れているかどうかとか、食べ物の味がするかどうかとか、そういうところの勘は無視してはいけない気がします。

 

 

 

アマゾンの著作一覧もリンクしておきます。

こちらはまだ手を出していないので、私が何か言えることはありませんが。

 

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