Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳になりつつあります

分岐点と合流点

世界の事象をどうやって説明するか。

定常状態はある程度は因果関係モデルで説明可能なのですが、変化は発達は時系列が入ってくるので、それだけだとちょっと苦しいかなーと。

 

発達の理論なりモデルなりで残っているのは、変化の道筋と原理がセットになったものです。

ピアジェしかりエリクソンしかり。

 

個人の人生の道筋を説明するには、因果関係モデルでも発達のグランドセオリーだけでも足りなくて、その人の人生を説明できるものでなくてはならないと思います。

博士課程に入って博士論文を書くあたりは、個人の変化パターンの集積がどうやって集団を形成しているのか、みたいなことに興味があって、幼児のクラス全体の発達のパターンみたいなのを明らかにしようとしていました。

あんまり前例のないやり方ではあるのですが、ちょうどその頃に来日された先生の考え方などの後押しがあり、なんとか形になってよかったと思います。

 

個人の人生なり発達の道筋を理解するときに力になってくれるのが、その人の人生において、どのような分岐点があり、その分岐点がどのように合流していくのかという視点です。

特定の文化に属する人全体の発達を明らかにするには、合流点、すなわち、さまざまな個人差はあれど誰しもが必ず通るポイントを押さえるのが重要です。

一方、個人の人生の道筋を明らかにするには、分岐点と合流点の両方を押さえる必要があるだろうと思います。

 

というのは、研究を真面目にやってきたときに考えていたことですが、研究から離れた今でも結構生きる考え方だなーと。

 

今の世の中は、多様性を極めなおかつ先行きが不透明です。

社会全体の流れがある程度の枠に収まっていれば、その流れに乗っていけばいいので、個人が考える必要はそれほどありません。

 

しかし、多様性を極める社会の中で、しかも経済があまり良くない中で、社会の枠にはまろうとすると、選択肢が極端に少なくなるという逆説的な状況が生じるようです。

 

「今の若者は安定志向である」と言われたりします。

それは確かにその通りで、大学生に接していると、枠にはまろうとする動機がとても強いと感じることが結構あります。

ただしそれは、社会の枠という共通項の中で見えてくる動きであって、多様な生き方はローカルすぎて共通の枠にはならないので見えてこないということもあるんだろうと思います。

 

そのため、ひとりひとりが自分の人生を把握するということが非常に大事です。

 

たとえば、虐待、貧困の問題があります。

虐待や貧困のリスク要因はいくつか挙げられていると思います。

それを理解することはとても重要だと思いますが、実は、個人の人生を理解する上では足りないのではないだろうか。

 

個人の人生を理解する上では、同じようなリスクを抱えている2人の人のうち、ひとりは貧困と呼ばれる状況に陥り、もう一人は陥らなかったのか、そういうレベルまで持っていかないと役に立たない気がします。

 

そういうときには、たとえば貧困における

 社会活動家の湯浅誠さんが「溜め」という概念で説明されていますが、お金、親や友人との関係性、精神的な強さなどの「溜め」が大きく欠けている人は、何かあったら一気に貧困になる。

スクールカースト頂点も卒業後は貧困…ニッポン階層社会の現実より。孫引きですみません)

 

といった見方のほうが役に立つ気がします。

「溜め」というのは、私たちが健全な人生を送る上で、それまでに培ってきた資源といってもいいでしょう。

同じ状況に立ち至っても、今までの人生で培ってきた資源がどのようなものかによって、貧困に陥るか否かが違ってくるということになります。

個人の人生を見る上で大事なのは、いつどのようなタイミングでボタンの掛け違えが生じたかとか、そういう個別の流れでしょう。

 

貧困というのは、貧乏+孤立だそうです。

そうなると、人間関係をどうやって形成していくかというのは、とても重要な要素でしょう。

愛着障害、虐待はおそらく貧困のリスク要因になり得るだろうと思われますが、それは、人生の非常に早い時期に、健全な人間関係を形成することが難しかったりすることがあるんだろうと思います。

しかし、それとても、子どもは家族以外の人間関係を持ち得ますから、その人間関係、たとえば、学校のクラスや先生がよかったとか、いい友達に恵まれたとか、そういうことがあって、人間関係に支障が出ないままいくというのはあるだろうと思います。

 

人間関係がある程度あったら、離婚したとか離職したとかですぐに働かざるを得ない場合であっても、仕事がありそうなところを紹介してもらえたりすることもあるので、相対的に貧困に陥る可能性は低くなってくるでしょう。

 

なので、今求められているのは、おそらく、ひとりひとりが自分の人生の道筋を理解すること、自分の強みと弱いところを等分に把握することではないかと。

 

 なんていうことをつらつら考えていたのですが、タロット占いっていうのも、やってる意味があるんだよなーというのを思ったりします。

タロット占いは分岐点と合流点を見るにはとてもよくて、たとえば、ある人にアプローチするっていう場合でも、告白したときにどうなるか、友だちから始めたらどうなるか、みたいに、違うやり方を見ることができたりします。

それと、何かを探っていくときに「あなたは○○ですか?」と聞かれる場合と「このカードから連想されるのは○○なんですが、何か心当たりはありますか?」と聞かれる場合とでは、圧倒的に後者のほうが楽。

楽なのは大事。