Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳になりつつあります

愛と痛みと記憶の小部屋

普段の万年筆は14kスタンダード+ペリカンのボトルインク4001のロイヤルブルーなんですけど、ここのところ、イマイチしっくり来ないなーと思って。

 

14kスタンダードはこんなやつ。

coccolifestyle.hatenadiary.jp

 

ナガサワオリジナルのプロスケとセーラーの細美研ぎも好きなんですけど、ずっと書き続けることができなかったんです。

+KobeINK物語ですけど。

 

プロスケはこんなやつ。

coccolifestyle.hatenadiary.jp

プロスケは慣れてきてインクフローもホントに潤沢で、それが結構重荷になっていました。

実は私、万年筆ユーザーにはあるまじき(?)好みで、ヌラヌラ感があんまり好きではないらしいんです。

 

なので、プラチナのセンチュリー#3776の超極細とか買ってみようかとかも思ったんですけど、

 

軸は太いほうが好き。

なので、#3776いけるだろうか?軸径見る分には細目かもしれないから、実際に試し書きしたほうがいいよね。

と思って。

 

ふと、プロスケにペリカンのロイヤルブルーを入れてみた。

 

そしたらハマりました。

色といい、インクフローといい、これで十分。

新しい万年筆を買おうとする衝動は消えました。

 

組み合わせワザの勝利なんですけど、

 

これは、私の内部にも起こっていました。

 

☆ ★ ☆

 

前回紹介した「第四の発達障害」の本には、解離が起こると、自分の中に記憶の部屋を作ることがあることが書かれていました。

「記憶の部屋」という言い方じゃなかったんですけど、自分にはこのほうが呼びやすいので。

 

「記憶の部屋」というのは、IH(インテグレート・ヒーリング)のループ・プロトコルのひとつです。

自分に対してセッションをしているときに、一時期何度も出ていました。

 

「記憶の部屋」というのは、過去の感情の痛みがどこかにしまいこまれているので、その感情の痛みをつきとめて除去していくというものです。

 

過去に100~200人程度の方のセッションをさせていただきましたが、「記憶の部屋」が出たことなんてそんなにないです。

そんなに出たのは自分だけ。

 

なぜだろうなーと思ったら、私の場合は、過去のトラウマが身体の痛みとして表現されやすい(そして、心の痛みが体の痛みと混同されやすい)からだなーと感じました。

 

ということで、なぜIHとであったのかも分かったし(そうとう難治性だったと思われる)、長いことかかったけど、終わりは見えてくるものなんだな、そして、あるプロセスの終わりに差し掛かると、いろんなことが分かるものなんだなと感じました。

 

それで終わりかなーと思ったら、まだあって、

 

なんか突然、

 

 

 

マルセイユタロットのカップの2の意味が分かったのでした。

 

 

f:id:cocco32:20170727123149j:plain

 

カップの2は、付き合いたてのカップルのラブラブ感を表していたりしますが、いい人ができたかというと一切そういうことはありません!

でも、頭じゃなくて気持ちで分かった。

三項関係ができる前の子どもと親もこういう関係じゃないのかなー。

見つめ合うふたり。

 

 

私は小2のときの記憶がありません。

小1のときがひどすぎて、その反動で解離になったんだろうと思っていました。

 

それは半分正しくて半分間違い。

 

小2のときは、学校生活はとても穏やかに過ぎていって、先生も優しくて友達とも仲良くしていました。

家では「タイムスリップ」して自分だけの世界に閉じこもっていました。

 

おそらく、学校生活の穏やかな記憶と、家での辛い記憶は、別個に格納されていて、「普通の」穏やかな人生と、辛い人生との2つの別個の流れとして記憶が構成されていたのではないかと考えられます。

 

21世紀に入ってすぐぐらいのときに、親しい知人とトラウマってホントにあるの?なんて話をしたことがあります。

その数年後に、トラウマは本当にあることを身をもって知り、トラウマと向き合う毎日が来ることなんて思いもしませんでした。

自分はとても平凡な人生を歩んでいると思っていましたし。

 

トラウマ漬けの毎日は突然やってきました。

自分の中に恐怖が詰まっていることをはっきりと認識し、そこから事態が急変しました。

今にして思えば、平凡で穏やかな記憶の系列から、辛い記憶の系列へと移動したんじゃないかと思います。

 

辛い記憶の系列へと移動したときに、それまでの楽しい記憶は吹っ飛んでしまいました。

私が生れ育った家はもともと楽しいかった出来事を話す習慣のない家でした。

父親は昔のことばかり話しているし、母親はそもそも自分の出来事自体を話すことはありませんでした(そのあたりが母親も解離っぽいなーと思うんですが)。

そのため、私の人生においては日常の思い出自体が貧弱で、断片的になりがちです。

人生における記憶は、自分が辛いことを乗り越えたとか、そういうピンポイントのものが多くて、日常で人といて何が楽しかったとか、そういうのがあんまりないんですよね。

だから、辛い記憶の系列へ飛ぶのはものすごく容易だったんだと思います。

 

 

 で、プロスケにペリカンのインクを入れたのと同時平行で(笑)、平凡で穏やかな記憶の系列と、辛い記憶の系列とが、統合されかけている気がします。

 

自分の中のいい記憶といえば、つらいことを乗り越えたことに絞られるため、問題解決というのが肥大化しているといってもいいほど重要でした。

けれども、周りの人と笑い合って過ごすのってものすごく大事なんだなーというのを感じました。

笑い合って過ごすこと自体は、すぐに具体的な記憶からはすり抜けてしまうんだと思いますが、その蓄積が私たちの健康と楽しさを作っているんだと思います。

 

というのがやっと分かった・・・・・・

長かった・・・・・・

 

エリクソンの信頼対不信は、もしかして、生後1年くらいでの、親子で微笑みあった時間の総量と、不機嫌だったり険悪だったり没交渉だったりする時間の総量と関係したりしないかなと思ったりしました。

だれかデータ取ってくれへんやろか。

追跡調査も必要だと思うので、20年くらいかかりそうですけど。