Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます

【本】子ども虐待という第四の発達障害

発達障害薬物療法』に続いて杉山 登志郎さんの本を読みました。

 

なんだか、大学時代の課題レポートを書いているような気分になっています。

この記事をアップし終わったら、私が課題レポートを書いている場合じゃない・・・・テストと成績評価に取り掛からねばならないので、次の記事までは1週間~10日程度空くかもしれないです。

 

 

 

 『発達障害薬物療法』は、第四の発達障害=虐待がもとで発達障害様の症状を引き起こす、そして、虐待が複雑性PTSDを引き起こすことが前提で書かれていました。

虐待における行動特徴と発達障害における行動特徴とは非常に似通っていて、『消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』(高橋和巳著)でも両者の鑑別の必要性について書かれていました。

 

そのため、この点についてもう少し知りたいと考えたのと、引き続き幼少期の虐待が成人期まで影響を引きずるものとしての複雑性PTSDについて知りたいと考え、この本を読んでみました。

 

【目次】

第1章 発達障害としての子ども虐待

第2章 反応性愛着障害と子ども虐待

第3章 解離という現象と子ども虐待

第4章 高機能広汎性発達障害と子ども虐待

第5章 多動性行動障害と子ども虐待

第6章 子ども虐待の終着駅-解離性同一性障害複雑性PTSD

第7章 子ども虐待が脳に及ぼす影響

第8章 被虐待児への包括的ケア1 心理アセスメント

第9章 被虐待児への包括的ケア2 子ども自身へのケア

第10章 家族へのケア

第11章 子育ての未来

 

非常に広範な問題を含み、しかも完全には切り分けられない虐待と発達障害ですが、かなり分かりやすく書かれていると思います。

 

とはいえ、すべてを取り上げるのは難しいので、解離と大人になってからの幼少期の虐待の影響=解離性同一性障害複雑性PTSDに絞って書きたいと思います。

 

【解離について】

解離とは、脳が目に見える気質的な傷を受けたわけではないのに、心身の統一が崩れて記憶や体験がバラバラになる現象の総称である。心的外傷体験(トラウマ)のみで生じるものではないが、繰り返し受けたトラウマによって起きる精神症状のうち最も頻度が高いものの一つなので、トラウマの臨床とは切っても切り離せない関係にある。

ところが、この解離という現象を説明するには骨が折れる。経験すればすてに「ああこれなんだ」と理解できるが、経験していない人に分かってもらうのは難しい。精神科医はともかく、体の病気を扱う医者、さらには小児科医ですら「解離なんて本当にあるの?」という質問を受けることはまれでなない。(p.38)

 

解離自体は正常な日常活動にも現れます。たとえば、車のハンドルを握る、野球を観戦するなどで意識が切り替わることです。

正常な日常活動の場合は、意識が切り替わったとしても、それによって自己の同一性がなくなることは稀ですが、解離性障害においては、自己分裂感、親しい人を見ても識別できない、自分の体験が不連続になるなど、自己同一性が著しく阻害されます。

 

また、青少年の「切れる」という現象はも解離による症状と考えることができるとかかれています。

これは、正常な範囲なのか?それとも解離性障害にあたるのか?事例によるのかもしれませんが、「切れる」人は山ほど見てきました。とすると、解離という現象自体は私たちはいたるところで経験しているのかもしれません。

 

解離の章で少なからずびっくりしたのが、動物でも解離現象が起こる例として、「たぬきが驚いたときに仮死状態になる(p.40)」ことがあげられていたことです。

 

動物が解離に陥ることに驚いたのではなくて、これと同じ記述が心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(ピーター リヴァイン著)にも書かれているからです。

『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』には、野生動物の観察を基にしたトラウマの生理的基盤が書かれています。野生動物はしばしば捕食者に狙われます。捕食者が近づいてきたら一目散に逃げ出しますが、逃げ切れない場合もあります。逃げ切れないと今度は立ち向かいます。立ち向かっても勝ち目がない場合、フリーズします。すなわち仮死状態に陥ります。なぜ仮死状態に陥るかというと、動かなくなったら捕食者が興味を失ってその場を離れてくれるかもしれないし、仮に食べられてしまったとしても苦痛を和らげることになるからです。

動物の場合は、危険が去ったら、すぐさま仮死状態から抜け出すことができます。

仮死状態というのは、逃げるためあるいは立ち向かうための膨大なエネルギーを生体内に閉じ込めておくことに他なりません。

閉じ込めておいた膨大なエネルギーを、体を震わせたりしながら徐々に放出していき、しまいには通常の状態に戻ることができます。

 

人間の場合も、しばしば仮死状態に陥ります。

そして、意識が邪魔をして、仮死状態からの回復が妨げられます。

逃げるか闘うかのエネルギーを生体内に保持したまま=仮死状態のままいるのがトラウマであると『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』では説明されています。

 

なぜ意識が邪魔をしてトラウマが起こるか。

仮死状態から立ち直るには、安全な場所でしばらくはじっとしていることが必要です。

人間の場合は、何か起こったときに、「大したことないから」などといってすぐに動いたり、事態を甘く見たり、事態を否認したりということが起こります。

そうなると、生体内の膨大なエネルギーを逃がすどころか保持したままになってしまいます。

 

こういう観点から考えると、日常における解離というのは、膨大なエネルギーを自然に放出することが出来ているのに対し、解離性障害というのは、対処方略の失敗によって仮死状態における膨大なエネルギーを生体内に閉じ込めたままであるという見方もできると思いました。

 

私はピーター・リヴァインによるこのモデルがとても好きですが、何故好きかというと、物事が非常にシンプルになるからです。

何かことが起こったときには、第一段階としてはむやみやたらと動かない、起こった出来事を否認しないというのでかなり楽に経過できますし、最初は起こったことが分からない事も多々ありますが、認識した時点で対処することもできるようになります。

対処の方法は、溜まったエネルギーを出すイメージで、深く息をしながらゆっくりと動く、段々ダルダルになってくるので、動けなくなったら休む、休んでまた動けるようになったら、また深く息をしながら動くというものです。

私自身は、こういう対処法をわりとよく使っていますが、『発達障害薬物療法』でも、トラウマを外に押し出すような呼吸法が紹介されていて、よく似ていると感じました。

 

また、過去のものであっても、激烈な苦痛(フラッシュバックなど)がなければ、その過去の記憶において、その物事に立ち向かうか一目散で逃げるかといったイメージをすることで、解消できる場合もあります。

トラウマになっているイメージというのは、私の場合、その場に立ちつくしていたり、座り込んでいたりと、動けなくなっていることが多かったです。

それはとりもなおさずフリーズ、あるいは仮死状態であることを象徴していると考え、その状態から抜け出す=立ち向かうか逃げ出すかというイメージをしていたりしました。

 

話が逸れましたが、トラウマと解離がもしも同じ生理的基盤をもとにしているのであれば、解離を生み出す関係性や過去の出来事に触らずに軽減することができたりしないんだろうか、というのを感じましたし、トラウマ処理にEMDRが効果をあげる(by『発達障害薬物療法』)というのは、そういうことなのかもしれないとも思いました。

 

解離性同一性障害複雑性PTSDについて】

解離性同一性障害とは多重人格という名称でも知られています。

多重人格は、1970年代までな非常に稀な疾患と考えられていましたが、1980年代になると、症例数が急増します。そして、1980年代後半には、幼児期の虐待と多重人格との関連が明らかになりました。

1990年代には、多重人格障害解離性同一性障害と呼ばれるようになりました。

 

解離性同一性障害は虐待を受けた子どもと親の両方に見られるそうです。

そして、多重人格が明確に認められないけれどもよく見られる状態として、「スイッチング」というものがあるそうです。

 

このような多重人格が明確に認められない場合においても、スイッチングと呼ばれる人格モードの切り替わりが認められる被虐待児は多い。つまり、状況依存的な生理状態や気分とワンセットになった特有の意識状態の間を、スイッチが切り替わるようにして移動するのである。

最近話題になることが多い青少年の「切れる」現象などは、このスイッチングの別名にほかならない。

「切れる」ときは、ただ単に怒りで我を忘れた状態モードに入っているだけのこともある。しかし、背後に結晶化をいまだ果たしていない未成熟な部分人格が存在していることもある。我々はこの部分人格をパーツと呼んでいる。

いささか専門的すぎるが、解離をもつ被虐待児の場合、この部分人格を正面から取り上げて初めて、治療的な成果を得られることは珍しくない。(p.92~93)

 

 これに続いて、部分人格を持つ被虐待児の事例が載せられています。

面接のときに、杉山さんは部分人格に呼びかけを行いました。その子どもに、

 

自分の体の中で一番安全な場所を探してもらい、そこにすべてのパーツを集めてもらって、パーツ同士全員がそれぞれ楽しい時間を過ごしながら、話し合うというイメージをつくってもらった。

そのうえで、赤ちゃん人格に呼びかけた・「あなたの中の赤ちゃんは、何をしてほしいと望んでいるの?」彼の答えは、「お母さんにひざの上で(中略)ジュースを飲ませて欲しい」というものであった!(p.93~94)

 

そのお願い事は、問題行動の解決に彼が取り組んだときに、母親にお願いすることになり、問題行動は消失したそうです。

そして、その後、「この赤ちゃん人格は、徐々に成長を始め、退院のときには6,7歳になっていた(p.94)」とのことです。

 

その他の部分人格への働きかけについても載せられています。

 

(虐待が激しすぎると)そもそもパーツ全体が集まることができる安全な場所が、体の外にも中にも、どこにもないのだ。(中略)また安全な記憶に結びつくもの、たとえばぬいぐるみなども、結局そこから虐待被害あるいはDVの被害の記憶にたどりつく、また、治療によってこのような揺さぶりがかかった後は必ず、その夜の夢の中で、彼女の中のパーツが凄惨な殺し合いをするなど、極端な副作用が現れるのである。

筆者は、彼女のパーツの中で、最も適応的と考えられる部分人格に働きかけを集中し、その部分人格のパワーアップを図った。それによって、少しずつではあるけれども、バラバラの体験はあたかもピースの書けたジグソーパズルのように、少しずつ全体像がかいま見える状態となってきた

(p.95~96)

 

 

複雑性PTSDとは、「子ども虐待のように、長年にわたり、繰り返し強烈な心的外傷を受け続けた場合に生じてくる精神科的な状態」であるとかかれています。

 

このような状態は複雑性PTSDあるいはDESNOS(極度のストレスによる特定不能の障害)とも呼びます。

 

DESNOSについては、表に以下の項目がまとめられています(p.97)。

 

1.感情覚せいの統御における変化

  • 慢性的な感情の制御障害
  • 怒りの調節困難
  • 自己破壊行動および自殺行動
  • 性的な関係の制御困難
  • 衝動的で危険を求める行動

 

2.意識の変化

  • フラッシュバック
  • 解離エピソード

 

3.自己意識の変化

  • 絶望感
  • 恥辱感
  • 罪責感
  • 自責感

 

4.他者との関係の変化

  • 信頼の欠如
  • 引きこもり
  • 自己を守る機能の崩れ
  • 救済者ファンタジー

 

5.意味体系における変化

 

6.身体表現性障害

 

これをさらに説明すると、

 

最も一般的なのが、感情コントロールの混乱。感情の抑圧と噴出(1と思われる)。

次が、意識の変化。解離の継続、多重人格(2)、自己の主体性が保てなくなり、孤立無援感などの意識の変化(3)。

更に虐待的な対人関係しか存在しなくなる。加虐者への合理化や理想化、逆説的感謝(4)。虐待的きずなとも。

更に進むと意味の混乱(5)。何のために生きてきたのか、何のために自分がこんな苦しみを受けなくてはならなかったのか。

心身症症状の常在化(6)。さまざまな医療機関を受信することを繰り返す。

 

この状態は、すべて身に覚えがあります。

高校時代には、すでに6まで行っていましたし、かなり苦しみました。

どこの段階でか忘れましたが、自分の感情などを痛みで表現しているということに気づき、この痛みは何を表しているんだろうというのを探り始めた時期がありました。

うまく感情を探り当てることができたら痛みが消失することがありました。うまく行くことばかりではありませんが。

また、フラッシュバックなど激烈な症状の下にも感情が横たわっている場合があります。

私の場合は、恐怖が多かったです。

 

少し怖いのは、4の対人関係の変化ですかね。

私の場合、父はかなり前からマークしていました。

母がかなりやばいと気づいたのはこの2,3年です。

それ以前は「母がしっかりしてるから、ウチはなんとかなってる」って思っていましたから。

 家族の問題はどこまでいっても客観的には見れません。

第三者が関わる意味はそこにあるんだろうなあというのも思いました。