Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳になりつつあります

【本】消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ

 

当比主閲子さんのブログで紹介されていて興味を持ち読みました。

 

著者の高橋和巳氏とは面識があるわけではなく、複数の人が例に挙げられているので、そんな訳はないのですが、私のことが書かれていると思いました。

 

ここ数年私のしんどさを様々な手段を通して解消するべく努めてきて、実際に体力も上がってきたのですが、

ここへ持ってきて浮上してきたのは、私が育った家は虐待の家庭ではないか、私は愛着障害ではないかということでした。

 

愛着障害というのは「私が」親との関係を築けなかったという点において、自分の問題として受け容れやすいですが、虐待というのは非常にいいにくいです。なぜならば、虐待という行為は、私自身の行為ではなくて(私側に誘発している何かがあったとしても)、明らかに親の行為だからです。

親の行為をそういう風に言うのははばかられる、というある意味まともな感覚が私にもあったのだなという気がしているのですが、それだけでに、私の感覚だけには拠らない客観的な指標のようなものが欲しいと思っていました。

 

著者は、児童虐待の分類として、法に定められている身体的虐待、ネグレクト、心理的虐待、性的虐待の4つに加えて、5つめの心理的ネグレクトを挙げています。

 

心理的ネグレクトというのは、

 

親が子どもとの間に愛着関係を作れず、その結果、子の心理的発達が阻害されることである。つまり、愛着関係の不成立=心理的ネグレクトである。

心理的ネグレクトを付け加えた理由は、法に定められた4つの虐待があれば、それには必ず心理的ネグレクトを伴っているからである。つまり、すべての虐待の背景にあるのが心理的ネグレクトである。

たとえば、身体的虐待があれば、その背景には、親は子の身体的、精神的な悩みに無関心で、子の気持ちを読み取れないという心理的ネグレクトがある。他の三つ。ネグレクト、心理的虐待、性的虐待もしかりである。

一方、心理的ネグレクトだけがあって他の4つの虐待は見られないこともある。心理的ネグレクトだけを見ると、具体的には、子どもに声をかけない、子どもが甘える気持ちに気づかない、子どもが落ち込んでいたり喜んでいたりしていても無関心である、子どもが悩みを相談していても内容をくみ取れない、子どもが泣いていてもいたわる言葉をかけられない、子どもが喜んでいても一緒に喜べない、などである。

(p.136~137)

 

心理的ネグレクトだけ」に該当する自分自身の事例は沢山あります。

 

泣いたときに母親が慰めてくれた記憶はなく(いつまで泣いとるんじゃ!的な言い方をされる)、学校での長期のトラブルも無関心、離婚のときにも慰めてくれることはなく離婚した相手のことを心配する、(元)夫婦ともどもお世話になった母親の親戚に離婚のことを母が知らせてくれるはずだったのがすっかり忘れており、それを言うと「たいしたことじゃない」と言われる・・・・・などなど。

 

その他のこと、ご飯はきちんと食べさせてもらえたし、大学までの学費も出してもらえたし、看護師だったので病気とか怪我のときにも大抵は処置してもらえたし、心理的なケアだけがすっぽり欠落していたような感じだった気がします。

 

【追記】

書いた後にいろいろ思い出しました・・・・(汗)

ウチは本当に心理的虐待はなかったのか?

たとえば、食事場面で私が喋ろうとしたときに限って私の言葉を遮って話し出すとか(これは当時の父と姉も同意)、そういうのは、心理的虐待に当たらないのだろうか?私は、親に相談するということが殆どありませんでしたが、話そうとしたときに遮られることで「言っても無駄(=学習性無力感)」を形成したのではなかったか?「親に言っても無駄」は明らかに学校でのトラブルではマイナスになっていますし・・・・

また、コッコ家用語に「野垂れ死ぬ」というのがあるのですが、そういう言葉が普通に飛び交う家って・・・・?

私の母は、話し言葉が非常に拙いですが、ないわけではないです(書き言葉やテストは得意)。そういう人が子どもの心理的問題をスルーするだけということはありえるのだろうか?否定的な感情に彩られた言葉自体が子どもの発達を阻害するということはないのだろうか?

心理的ネグレクト「だけ」というのはどういう状態なのだろうか?子どもに対して殆ど喋らないとか?否定も肯定もなしに話しかけるとか?というのをふと思いました。

母に悪気があったかといえばそういう訳ではありません。しかし、子ども(この場合は私)の発達と日常生活という面では、明らかに母の行動が健全さを阻害しているという面があります。「虐待」となると、行為者と被行為者がいるわけですが、その人たちの関係性だけでなく、発達や日常生活の健全さが保障されているかどうかという機能的な面も考慮に入れる必要があるのだと改めて思いました。

 

 

子どもの頃、ある時点からすごく身体に不調が出てくるようになりましたが、それってもしかして、メンタルの不調だけだと母親に気づいてもらえないから?という気もしてきました。

 (それだけではなくて、愛情の欠落が発達にどれだけ悪影響を及ぼすかということになると思いますが・・・・)

 

心理的虐待の説明の中に、小さい頃からの心理的虐待は小学校に上がったときや思春期、働きだしたときに生活のストレスが重なると、一気に出てくることがあると書かれています。

その内容が心あたりのあるものばかりで、p.134に書かれている中で、緊張の糸が切れて心のバランスが崩れる、精神的な混乱、錯乱、理由も分からないまま動けなくなる、現任不明の疼痛、執拗な消化器症状が続いたりする、普通の日常生活が送れなくなる(1つ2つを除きほぼ全部)というのは経験しています。

母親の場合は、罵詈雑言の類は無かったと記憶していますが(現在のところ)、無関心というのも結局は同じであると思うと、愛着の理論はすさまじい威力を持つものだなと他人事のように思ったりもします。

 

この本のよいところは、不調に関する事例だけではなくて、回復の過程まで書かれていることです。

被虐の人たちは、「普通の」世界を取り巻く辺縁の世界に生きていて、普通の世界に生きる人には辺縁の世界は見えないが、辺縁の世界からは境界が見える。

そういう世界に住んでいた実感が私もありました。

 

辺縁の世界に住んでいる人は、普通の世界になじみたいと努力に努力を重ねますが、そのときに起こることが2つ描かれています。

 

ひとつは、ランダムに罰が与えられる家庭で育ったがために社会のルールが分からないまま小学校に上がり、低学年のうちは社会のルールが分からないままヘンなことをしてしまうのですが、社会でのルールの方が、家庭でのルール(あると言っていいのかどうかも分かりませんが)よりも断然簡単なために、高学年になってルールを見切ってからは適応が早いということです。

家庭における被虐の影響は、ときとして発達障害を疑わせますが、慎重に見て行くと、発達障害ではなくて被虐の影響であったということがかなりあるようです。

 

小学校低学年では学校での適応が悪く、高学年になってからは適応がいいというのは、私もそうでしたし、前に使っていたFCブログで「発達障害かも」とボソボソ書いていましたが、これも家庭での悪影響であれば納得できます。

というのは、「発達障害かも」と思わせる認知の歪みは、ここ2年ばかりですっかり消失してしまったからです。

ここ2年ばかりは、母との関係の棚卸しをしていて、あまりにもあほらしくなったので、実家にも帰っていないということが続いていたりします。

書いていて今気づきましたが、母との関係を棚卸しし、実際に母とも話して、結果、実家に帰らなくなっ時期と、胃腸の調子が劇的によくなり眠れるようになった時期がもしかして被っているのでは。

(体調を上げるために、母との関係見直し以外のこともやっていますが)

 

 もうひとつは大人になってからの回復の過程です。

義務感から頑張りすぎて、30代から40代くらいに、動けなくなってしまうという状況に立ち至った人たちが紹介されています。

その人たちは、自分が虐待を受けていたと気づいたときに、一時的に混乱に見舞われますが、その後自分の心が変わってくることで人生や関係が変わってくるというプロセスを経ています。

 

蛇足ながらなぜ義務感から頑張りすぎるような事態に立ち至るかを、この本の内容に即しつつ自分の履歴を振り返ると、私の場合は、五感がかなり鈍っていた/過敏になっていて、随分長い間「おなかが空いてごはんが美味しく感じる」とか「心底嬉しい」といった感情を味ったことがなかったことがひとつ。

もうひとつは、幼い頃から「賽の河原」の石積みのような状態になっていたこと。三途の川の前で子どもが石を積んでいると、鬼が来て壊してしまうというやつです。やったことのフィードバックがランダムだったり間違っていたりすると、積み上がっていかないのだと思います。

特に小学校以降。少なくとも小学校1年生、2年生くらいであれば、学校の準備は親が手伝ったほうがいいと思います。私の家では、母親が手伝ってくれたことはありませんし(母曰く「できると思っていた」とのこと)、用意されたことが間違っていたなんてこともしょっちゅうでした。おまけに、姉も同じような状態で自分で準備していたと思われ、かつ、かなり注意力のない人なので、私のプリントを間違えて持って行ったとかそういうこともあったとか(私は覚えていないけれども、大人になってからカミングアウトされた)。

忘れ物があると先生から注意を受けますが、子どもの側からすると、何が問題で失敗しているのかが分からない。かくして、常に失敗する恐怖におびえながら、常に細心の注意を払って準備をして、無事に乗り切っても次のことが心配で気が抜けないというループが形成されることになります。

私の場合は、相手の気持ちを読むのはあまり得意ではありませんでしたが、状況を読むのが得意だったので、高校くらいには、かなり精度の高いシミュレーションを行うことができるようになっていました。そのため、状況よりはかなり楽に過ごすことができたいたと思われますが、ときどき疲れ果てることがありました。

今考えると、手の内を見せてくれない人、あるいは、言うことをころころ変える人、感情がランダムに激昂する人などに巻き込まれて何をやってもうまく進まない場合でした。

離婚もこのパターンだったなと書いていて気づくわけですが、幼い頃から積み上がらないが故の緊張を抱えて生きていると、私だけでなくて30代40代で疲れ果てて動けなくなることがあるんだなあと感じました。

 

 

 

本書に戻って

 

回復の方法は、理論的には二つある。つまり、

①社会的存在を生き直す方法(規範と感情を共有する)

②社会的存在と生命的存在をともに生きる方法

この二つである。

二番目の、社会的存在と生命的存在をともに生きる方法は、。社会的存在を生きながらもその中に完全には入り込まずに(つまり、規範を背負い込まずに)、存在の一番深いところの生命的存在を維持しながら生きる方法である。

(p.276)

 

私は随分長いこと(1)を希求してきた気がするのですが、実際は(2)に乗っていたのだとやっと気づきました。

ここ3年ばかりはエリクソンの心理社会的危機を道しるべに生きてきた気がしますが、このレベルの理論をガイドラインにした時点で、社会規範にどっぷり浸かって生きていくことはできないのだなーと。

しかも、最近は発達の非可逆的変化から可逆的変化へとシフトしている感じもあって、その時点でエリクソンすら使えなくなってきているし。

 

 読んでいる最中に感情が溢れてきて止まったりもしましたが、ともかく読み終わって、私自身の中にあった2つの縛りを捨てることができそうだと思いました。

 

ひとつは、母から愛情を貰うことは金輪際ないだろう、そして母の愛を求めることもしなくてよいし、母に愛情を返そうとしなくてもよいということ。

もうひとつは、「普通の」世界や社会規範を希求しなくてもよいこと。私はこれまでの人生の中で、一応社会で不可はない程度の社会規範は身につけており、それ以上のものは必要がないことが分かったこと。それ以上の社会規範を励行しなかったとしても、誰も気づかないし気づかない以上何も言ってこないから。

(「普通の」世界に住む人たちは自分たちの価値観以外のものがあるとは思ってもみないことであるし、辺縁に生きる人たちはそのような社会規範を持ち合わせていないことが多いから)