Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます。壮大な自由研究帳になりつつあります

子ども、後輩、部下を育てるときに大事なこと

姉の家族が遊びに来ました。

子どもたちもすっかり大きくなって。

人の子どもは(人の子どもしかいないけど)早いですね。

 

姉の子どもたちが育ってきて、見えてきたことなんですが、

 

子どもに対して言いっぱなしはあかんなーと思いました。

 

 

みんなで、洋食屋に食べにいって、上の子どもがオムライスを頼みました。

姉が、運ばれてきたオムライスを見て、

これ、ナイフ入れたらトロッと出てくるやつちゃうん。

○○、やってみたら。

と言いました。

 

上の子どもは、お母さんの言ってることよく分からんといいながら、やろうとしていました。

とっかかりが分からないので、お母さん(姉)の方をちらちら見ていますが、お母さんは、言った事も忘れているようなそぶりで放置。

 

私は目の前に座っていたので、ナイフだしてな、こうタテに切ってみて。

みたいな感じで、実演しながら一緒にやっていました。

 

こういうことが結構沢山見られたのですが、

 

言っただけで、子どもができるかというと、そういう訳ではないです。

 

初めてやることで、プロセスの予想がつかないことは、

 

  • 始めるポイントを示す
  • 途中経過をそれとなく見て、困ったときには手を差しのべる
  • 結果を共有する

 

というのが必要なんだと改めて思いました。

 

 

 

言いっぱなしだと、どうなるかというと、

 

いい加減(というのはいい意味で)な子どもは、「ふーん」という感じでやらない。

真面目な(というのはいい意味で)な子どもは、やろうとするけど、とっかかりが分からずに始めることができなかったり、途中で頓挫したり、やってみたはいいけどできているのかできていないのか分からなかったり、何のためにやるのか分からなかったりしてイヤになる。

 

ということになる可能性が高い気がします。

そうなっていないのは、周りでフォローしているからだと思います。

もちろん、子どもは家庭だけで育てるものではないので、フォローしてもらう人は必須だと思います。

 

けど、言いっぱなしだと子どもは困っちゃうよ、ということは、頭の片隅においておくほうがいい気がします。

 

 なぜ、姉がそういう物の言い方になっているのかというと、それはもう、そういう風に育てられてから、というしかありません。

 

私たちの母親が、すぐに忘れる性質の人で、子ども時代は苦労しました。

 

で、姉は、その場を取り繕うことでやってきて、私は、行動と結果の随伴性を必要以上に求めることでやってきたと思います。

 

私の、 行動と結果の随伴性を必要以上に求める性質は、あちこちで非常に役に立っていますが、そこまで苦労しなくても良かったんじゃないかなーという気が、あちこちのお母さんと話をするようになってから思います。

 

姉の子どもは小学生ですが、大人になってから、後輩や部下を育てるときでも同じで、相手が見通しのつかないことは、言いっぱなしでなくて、プロセスの最初から最後までそれとなく見ていることが大事なんではないかと思います。

 

プロセスをそれとなく見ていて、何かあったら手を差しのべたり、修正を加えたりするのは、こちらが見通しを持っていなくてはできないことであったりもします。

もちろん、こちらも初めてのことや見通しの立たないことは沢山あります。

しかし、見通しがイマイチ立たないんだけと、この方向で行ってみるか、とか、出発点、プロセス、中間地点を共有するやり方はいくらでもあります。

 

そして、終わったら終わったということをまず共有する(これすごく大事)、それから、結果がどうなったかを評価する、という感じではないかと。