Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます

「これこそが!」からの脱却

FCブログをやめた理由が、「書くことがなくなったから」なんですが、舌の根が乾かぬうちに新しくブログを始めているというのが若干気恥ずかしいです。

 

が、新しい場を作ってみると、古い場に影響されて出て来れなかったものが結構あるなーと思います。

 

ずっと影響されてきて抜け出せなかったのが「これこそが!」という思考パターンでした。

これこそが、の次に来るのは、一番、だったり、真実、だったりします。

 

 

「これこそが!」に嵌ると、ずっと「これこそが!」を探し続けていくサイクルから抜けさせなくなります。

なぜならば「これが真実」というものは存在しないし、一番を期待しすぎると大概は期待はずれで終わるから。

期待はずれで終わったにもかかわらず、「これこそが!」から抜け出せていないと、また同じように、真実や一番を探し求めてさまようことになります。

 

私個人の生き方としては、ある時期から「これこそが!」を慎重に排除するようになりましたし、ブログでもそういう書き方は出来る限りしないようにしてきたつもりだったのですが

でも、混入するんだな。

個人セッションの宣伝兼ねてましたしね。

周りも「これこそが!」って書いている人多かったですしね。

 

かたや、この人素敵だなって書き方している人って、「これこそが!」って書き方はしてないですね。

というのを改めて思います。

 

何が違うかというと、

 

「これこそが!」という思考パターンに陥っている場合は、これをやったら、すべてが解決する的な方向へ流れがちである。

しかし、これひとつで全てが解決するものなど普通はないわけで、それは誇大広告か、経験値が浅くて結果についての見通しが曖昧であるかのどちらかである。

 

一方、私が、この人素敵だな、という書き方をしている場合は、

ここをいじると、こういう具合に解決します。

という点が具体的に書かれている。

 

前のブログでは、心理的ストレスについてかなり書きました。

心理的ストレスは、私たちの生活の中ではかなり大きな影響を及ぼすものだと思います。

ものの見方や、感情の出し方に直接影響を与えるからです。

心理的ストレスから解放されることで、生活や人間関係のあり方が変わる例というのはごまんとあります。

なので、かなりの部分、心理的ストレスをどう取り除くのかということに関して紙面を費やしてきましたし、実際的な方法についても提示してきました。

 

が、心理的ストレスを取り除いたら全てが解決するかというとそういう訳ではない。

たとえば、心理的ストレスを取り除くことで、すごくやりづらかったことがやれるようになるということはあります。

それはどうして可能になるかというと、やれるようになるスキルなり知識なりが既に身についているにもかかわらず、葛藤や感情の乱れにより行動に移せていなかった。

それが、心理的ストレスを取り除くことで、障壁となっていた心理的要因がなくなって素直に行動に出るようになった、ということだと思います。

しかし、実現するための知識やスキルがなかったら、今すぐできるようにはなりません。

心理的ストレスを取り除いた後に、知識やスキルを獲得するように動くか、違う形で始めてみるか、いずれにせよ、もう一段階か二段階必要になります。

 

そういうところをごっちゃにして、随分乱暴なことを書いていたなーという気がします。

 

私たちを動かすのは、

 

私たちが実際に経験してきたことであり、

 これからどこへ進むのかについての見通しであり、

今、何が欠けていて何を補うのかについての目である。

 

他人がサポートできるとするならば、

 

その人は今、何を補ったらいいのかを見つけて、それが可能になる環境なり手法なりを手渡すことによる。

 

何を補ったらいいのかを見つけるには、その人全体を見る必要があるが、

 

「これこそが!」という思考に陥ったら、ピンポイントしか見えなくなるので、何も見えなくなる。

 

ひとりひとりができることには限りがあるので、

当然他人に対して提供できることも限られてくる。

なので、「私があなたに対して、今、提供できる最高のものはこれです」と言うことは、なんら問題がない。

他の選択肢は排除されていないから。

しかし「これこそが!」となった途端、世のなかにはそれ以外の選択肢がなくなるくらい狭い世界に陥ってしまう。

 

たとえば、

肌トラブルでどんな化粧品を使っても改善しないという場合に、

食生活を変えたら改善する場合があります。

「肌だから化粧品」と思い込むと、実際に必要なものが見えてくなってしまうっていうことですね。

 

結局のところ、私たちはトータルバランスで生きていて、何か欠けているものを補う(あるいは過剰なものを取り去る)のは、このバランスを回復させることに他ならないのである、ということだなと思います。