Cocco Lifestyle blog

日々の「実験」について書いてます

【本】子ども虐待という第四の発達障害

発達障害薬物療法』に続いて杉山 登志郎さんの本を読みました。

 

なんだか、大学時代の課題レポートを書いているような気分になっています。

この記事をアップし終わったら、私が課題レポートを書いている場合じゃない・・・・テストと成績評価に取り掛からねばならないので、次の記事までは1週間~10日程度空くかもしれないです。

 

 

 

 『発達障害薬物療法』は、第四の発達障害=虐待がもとで発達障害様の症状を引き起こす、そして、虐待が複雑性PTSDを引き起こすことが前提で書かれていました。

虐待における行動特徴と発達障害における行動特徴とは非常に似通っていて、『消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』(高橋和巳著)でも両者の鑑別の必要性について書かれていました。

 

そのため、この点についてもう少し知りたいと考えたのと、引き続き幼少期の虐待が成人期まで影響を引きずるものとしての複雑性PTSDについて知りたいと考え、この本を読んでみました。

 

【目次】

第1章 発達障害としての子ども虐待

第2章 反応性愛着障害と子ども虐待

第3章 解離という現象と子ども虐待

第4章 高機能広汎性発達障害と子ども虐待

第5章 多動性行動障害と子ども虐待

第6章 子ども虐待の終着駅-解離性同一性障害複雑性PTSD

第7章 子ども虐待が脳に及ぼす影響

第8章 被虐待児への包括的ケア1 心理アセスメント

第9章 被虐待児への包括的ケア2 子ども自身へのケア

第10章 家族へのケア

第11章 子育ての未来

 

非常に広範な問題を含み、しかも完全には切り分けられない虐待と発達障害ですが、かなり分かりやすく書かれていると思います。

 

とはいえ、すべてを取り上げるのは難しいので、解離と大人になってからの幼少期の虐待の影響=解離性同一性障害複雑性PTSDに絞って書きたいと思います。

 

【解離について】

解離とは、脳が目に見える気質的な傷を受けたわけではないのに、心身の統一が崩れて記憶や体験がバラバラになる現象の総称である。心的外傷体験(トラウマ)のみで生じるものではないが、繰り返し受けたトラウマによって起きる精神症状のうち最も頻度が高いものの一つなので、トラウマの臨床とは切っても切り離せない関係にある。

ところが、この解離という現象を説明するには骨が折れる。経験すればすてに「ああこれなんだ」と理解できるが、経験していない人に分かってもらうのは難しい。精神科医はともかく、体の病気を扱う医者、さらには小児科医ですら「解離なんて本当にあるの?」という質問を受けることはまれでなない。(p.38)

 

解離自体は正常な日常活動にも現れます。たとえば、車のハンドルを握る、野球を観戦するなどで意識が切り替わることです。

正常な日常活動の場合は、意識が切り替わったとしても、それによって自己の同一性がなくなることは稀ですが、解離性障害においては、自己分裂感、親しい人を見ても識別できない、自分の体験が不連続になるなど、自己同一性が著しく阻害されます。

 

また、青少年の「切れる」という現象はも解離による症状と考えることができるとかかれています。

これは、正常な範囲なのか?それとも解離性障害にあたるのか?事例によるのかもしれませんが、「切れる」人は山ほど見てきました。とすると、解離という現象自体は私たちはいたるところで経験しているのかもしれません。

 

解離の章で少なからずびっくりしたのが、動物でも解離現象が起こる例として、「たぬきが驚いたときに仮死状態になる(p.40)」ことがあげられていたことです。

 

動物が解離に陥ることに驚いたのではなくて、これと同じ記述が心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(ピーター リヴァイン著)にも書かれているからです。

『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』には、野生動物の観察を基にしたトラウマの生理的基盤が書かれています。野生動物はしばしば捕食者に狙われます。捕食者が近づいてきたら一目散に逃げ出しますが、逃げ切れない場合もあります。逃げ切れないと今度は立ち向かいます。立ち向かっても勝ち目がない場合、フリーズします。すなわち仮死状態に陥ります。なぜ仮死状態に陥るかというと、動かなくなったら捕食者が興味を失ってその場を離れてくれるかもしれないし、仮に食べられてしまったとしても苦痛を和らげることになるからです。

動物の場合は、危険が去ったら、すぐさま仮死状態から抜け出すことができます。

仮死状態というのは、逃げるためあるいは立ち向かうための膨大なエネルギーを生体内に閉じ込めておくことに他なりません。

閉じ込めておいた膨大なエネルギーを、体を震わせたりしながら徐々に放出していき、しまいには通常の状態に戻ることができます。

 

人間の場合も、しばしば仮死状態に陥ります。

そして、意識が邪魔をして、仮死状態からの回復が妨げられます。

逃げるか闘うかのエネルギーを生体内に保持したまま=仮死状態のままいるのがトラウマであると『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』では説明されています。

 

なぜ意識が邪魔をしてトラウマが起こるか。

仮死状態から立ち直るには、安全な場所でしばらくはじっとしていることが必要です。

人間の場合は、何か起こったときに、「大したことないから」などといってすぐに動いたり、事態を甘く見たり、事態を否認したりということが起こります。

そうなると、生体内の膨大なエネルギーを逃がすどころか保持したままになってしまいます。

 

こういう観点から考えると、日常における解離というのは、膨大なエネルギーを自然に放出することが出来ているのに対し、解離性障害というのは、対処方略の失敗によって仮死状態における膨大なエネルギーを生体内に閉じ込めたままであるという見方もできると思いました。

 

私はピーター・リヴァインによるこのモデルがとても好きですが、何故好きかというと、物事が非常にシンプルになるからです。

何かことが起こったときには、第一段階としてはむやみやたらと動かない、起こった出来事を否認しないというのでかなり楽に経過できますし、最初は起こったことが分からない事も多々ありますが、認識した時点で対処することもできるようになります。

対処の方法は、溜まったエネルギーを出すイメージで、深く息をしながらゆっくりと動く、段々ダルダルになってくるので、動けなくなったら休む、休んでまた動けるようになったら、また深く息をしながら動くというものです。

私自身は、こういう対処法をわりとよく使っていますが、『発達障害薬物療法』でも、トラウマを外に押し出すような呼吸法が紹介されていて、よく似ていると感じました。

 

また、過去のものであっても、激烈な苦痛(フラッシュバックなど)がなければ、その過去の記憶において、その物事に立ち向かうか一目散で逃げるかといったイメージをすることで、解消できる場合もあります。

トラウマになっているイメージというのは、私の場合、その場に立ちつくしていたり、座り込んでいたりと、動けなくなっていることが多かったです。

それはとりもなおさずフリーズ、あるいは仮死状態であることを象徴していると考え、その状態から抜け出す=立ち向かうか逃げ出すかというイメージをしていたりしました。

 

話が逸れましたが、トラウマと解離がもしも同じ生理的基盤をもとにしているのであれば、解離を生み出す関係性や過去の出来事に触らずに軽減することができたりしないんだろうか、というのを感じましたし、トラウマ処理にEMDRが効果をあげる(by『発達障害薬物療法』)というのは、そういうことなのかもしれないとも思いました。

 

解離性同一性障害複雑性PTSDについて】

解離性同一性障害とは多重人格という名称でも知られています。

多重人格は、1970年代までな非常に稀な疾患と考えられていましたが、1980年代になると、症例数が急増します。そして、1980年代後半には、幼児期の虐待と多重人格との関連が明らかになりました。

1990年代には、多重人格障害解離性同一性障害と呼ばれるようになりました。

 

解離性同一性障害は虐待を受けた子どもと親の両方に見られるそうです。

そして、多重人格が明確に認められないけれどもよく見られる状態として、「スイッチング」というものがあるそうです。

 

このような多重人格が明確に認められない場合においても、スイッチングと呼ばれる人格モードの切り替わりが認められる被虐待児は多い。つまり、状況依存的な生理状態や気分とワンセットになった特有の意識状態の間を、スイッチが切り替わるようにして移動するのである。

最近話題になることが多い青少年の「切れる」現象などは、このスイッチングの別名にほかならない。

「切れる」ときは、ただ単に怒りで我を忘れた状態モードに入っているだけのこともある。しかし、背後に結晶化をいまだ果たしていない未成熟な部分人格が存在していることもある。我々はこの部分人格をパーツと呼んでいる。

いささか専門的すぎるが、解離をもつ被虐待児の場合、この部分人格を正面から取り上げて初めて、治療的な成果を得られることは珍しくない。(p.92~93)

 

 これに続いて、部分人格を持つ被虐待児の事例が載せられています。

面接のときに、杉山さんは部分人格に呼びかけを行いました。その子どもに、

 

自分の体の中で一番安全な場所を探してもらい、そこにすべてのパーツを集めてもらって、パーツ同士全員がそれぞれ楽しい時間を過ごしながら、話し合うというイメージをつくってもらった。

そのうえで、赤ちゃん人格に呼びかけた・「あなたの中の赤ちゃんは、何をしてほしいと望んでいるの?」彼の答えは、「お母さんにひざの上で(中略)ジュースを飲ませて欲しい」というものであった!(p.93~94)

 

そのお願い事は、問題行動の解決に彼が取り組んだときに、母親にお願いすることになり、問題行動は消失したそうです。

そして、その後、「この赤ちゃん人格は、徐々に成長を始め、退院のときには6,7歳になっていた(p.94)」とのことです。

 

その他の部分人格への働きかけについても載せられています。

 

(虐待が激しすぎると)そもそもパーツ全体が集まることができる安全な場所が、体の外にも中にも、どこにもないのだ。(中略)また安全な記憶に結びつくもの、たとえばぬいぐるみなども、結局そこから虐待被害あるいはDVの被害の記憶にたどりつく、また、治療によってこのような揺さぶりがかかった後は必ず、その夜の夢の中で、彼女の中のパーツが凄惨な殺し合いをするなど、極端な副作用が現れるのである。

筆者は、彼女のパーツの中で、最も適応的と考えられる部分人格に働きかけを集中し、その部分人格のパワーアップを図った。それによって、少しずつではあるけれども、バラバラの体験はあたかもピースの書けたジグソーパズルのように、少しずつ全体像がかいま見える状態となってきた

(p.95~96)

 

 

複雑性PTSDとは、「子ども虐待のように、長年にわたり、繰り返し強烈な心的外傷を受け続けた場合に生じてくる精神科的な状態」であるとかかれています。

 

このような状態は複雑性PTSDあるいはDESNOS(極度のストレスによる特定不能の障害)とも呼びます。

 

DESNOSについては、表に以下の項目がまとめられています(p.97)。

 

1.感情覚せいの統御における変化

  • 慢性的な感情の制御障害
  • 怒りの調節困難
  • 自己破壊行動および自殺行動
  • 性的な関係の制御困難
  • 衝動的で危険を求める行動

 

2.意識の変化

  • フラッシュバック
  • 解離エピソード

 

3.自己意識の変化

  • 絶望感
  • 恥辱感
  • 罪責感
  • 自責感

 

4.他者との関係の変化

  • 信頼の欠如
  • 引きこもり
  • 自己を守る機能の崩れ
  • 救済者ファンタジー

 

5.意味体系における変化

 

6.身体表現性障害

 

これをさらに説明すると、

 

最も一般的なのが、感情コントロールの混乱。感情の抑圧と噴出(1と思われる)。

次が、意識の変化。解離の継続、多重人格(2)、自己の主体性が保てなくなり、孤立無援感などの意識の変化(3)。

更に虐待的な対人関係しか存在しなくなる。加虐者への合理化や理想化、逆説的感謝(4)。虐待的きずなとも。

更に進むと意味の混乱(5)。何のために生きてきたのか、何のために自分がこんな苦しみを受けなくてはならなかったのか。

心身症症状の常在化(6)。さまざまな医療機関を受信することを繰り返す。

 

この状態は、すべて身に覚えがあります。

高校時代には、すでに6まで行っていましたし、かなり苦しみました。

どこの段階でか忘れましたが、自分の感情などを痛みで表現しているということに気づき、この痛みは何を表しているんだろうというのを探り始めた時期がありました。

うまく感情を探り当てることができたら痛みが消失することがありました。うまく行くことばかりではありませんが。

また、フラッシュバックなど激烈な症状の下にも感情が横たわっている場合があります。

私の場合は、恐怖が多かったです。

 

少し怖いのは、4の対人関係の変化ですかね。

私の場合、父はかなり前からマークしていました。

母がかなりやばいと気づいたのはこの2,3年です。

それ以前は「母がしっかりしてるから、ウチはなんとかなってる」って思っていましたから。

 家族の問題はどこまでいっても客観的には見れません。

第三者が関わる意味はそこにあるんだろうなあというのも思いました。

 

母校は心の拠り所として残って欲しい

前回は本の紹介で長い記事を書きました。

その後追記なんかもしたりして、その結果、母親との関係について吹っ切れました。

 

現在の心境は、

 

まあ、しゃーないね。

だって、カード持ってないし。

手持ちのカードだと無理だよね。

 

ですかね。

ようやく肩の荷が降りた感じです。

 

この、しゃーないって感覚は、なんていうんでしょうか、憑き物が落ちたというのか?

非常にすがすがしい感覚です。

 

この感覚は十数年前、父親が70歳を過ぎて、年老いたことを受け容れねばならないというときと同じです。

あるとき、父はもう元には戻らないのだ、ということを悟りました。

それから十数年、徐々に弱ってきていますが存命です。

 

今回の場合は、元から得られるものではなかったことを悟ったというか。

母は、人の感情を察知して応答するカードを持っていなかったか、持っていても使い方を知らなかったか。

いずれにせよ、ない袖は振れない。

変な言い方ですが、親子関係はあるときから不良債権化するんだなーと感じました。

ないところからは取り立てられない。

取り立てられない以上、自分で払うしかない。

みたいな感じです。

 

それを納得するのは、かなり時間がかかりました。

そして、納得は突然やってくる。

 

 

これで終わりかと思ったら、次がありました。

 

恩師への感情。

 

恩師は大学から二十数年、ずいぶん長い付き合いになりました。

途中、関係が濃すぎて反発したり、ここ数年は、私の離婚やらなんやらで遠のいていました。

 

この夏に会う予定があるんですけど、

 

なんか、懐かしいなーとか、そういう感覚。

 

ちゃんと関係を築けた人へは心は戻っていくのだなーと。

 

 

そういうことを感じました。

 

幼少期の愛着関係は非常に重要で、愛着関係が形成されているか否かで人生のスタートに著しい違いが出てくるのだということを身をもって経験しているわけですが、

 

人生というのは、人生最初期の養育者(親とは限らない)との関係によって全てが決まるわけではない。

その後の人生で、さまざまな場所でさまざまな人と出会い、さまざまな関係を築いていきます。

その中で、自分の拠り所になる関係というのはあるもので。

(辛いときには見失いがちではあります)

 

 

ということを考えると、人生における学校のインパクトって大きいんだよなーというのを感じます。

 

もしかしたら家庭はうまくいかなかったかもしれないけど、学校では安全に、楽しく過ごすことができた。

そういうケースは山ほどあります。

そうなったときに、その人の人生の基盤は学校かもしれません。

 

多くの人にとって、学校は永遠に存続していくものだと思います。

永遠に存続してくという感覚があるから、その人の人生の基盤になりうるというところがある。

 

では、自分の学校が廃校になったら?

場合によっては、その人の人生の基盤(心理的な感覚)がぐらつくことになるかもしれません。

 

 

小中高の統廃合はすでにかなり行われていると思います。

 

今度は大学の番だなーというのはひしひしと感じますし、子どもが減る以上は、大学が減ることは避けられないし、私自身は大学ではないほかの生き方がもっと充実して欲しいと思っている派です。

なので、これからのことを考えると、新しいコミュニティが増えるといいなーと思います。

 

一方で、加計学園みたいに、新設の大学を増やす動きってどうなのかなーというのを感じます。

分野が違うので、獣医学系のニーズがどれくらいあるのか分からないんですけど、まずは、少なくとも数年とか十数年の単位で学生が集まるのかというのがひとつ。

卒業した学生の受け皿があるのか、社会に出て収入のある道にいけるのかがひとつ(社会に出て食べていけるかどうかは、今のご時勢かなり早い段階で大学の志望学部に反映されます)。

大学は卒業生を輩出して、卒業生の心の拠り所となる場所であるという意識があって作るのかということがひとつ。

 

この記事の主旨からは、一番最後が重要です。

 

慶應みたいにブランド力および人脈で押せる大学など稀で、そのレベルで考えると間違いますが、どういう大学であるにせよ、その中での人間関係が少しでも実のあるものであれば、その大学は卒業生の基盤となりえます。

22歳で卒業して、その後の人生は平均60年。

そうなると、大学というものは、数十年先も存続していることを計画に入れて運営していく必要はありませんか?

すでにある大学を云々できませんが、新設希望の大学はそこまで考えていますか?ということは一度見直してもいいのかなと思います。

 

 

【本】発達障害の薬物療法 & 自分の気づき

コメント欄で複雑性PTSDという言葉を教えていただき、本を一冊読んでみました。

 

 

発達障害の方を沢山診ておられる杉山登志郎さんの著書です。

 タイトルからすると、ASD自閉症スペクトラム障害)、ADHD複雑性PTSDの治療において、超少量の薬剤が著効することがメインなのだと思います。

精神疾患において、薬剤があまり効かないことがよくある。その影には、発達障害及び複雑性PTSDがある。たとえば、ASD解離性障害もある(虐待が疑われる)場合、幻覚で出やすくなったりするそうです。幻覚(解離性幻覚)が出やすくなると、統合失調症を疑われますが、統合失調症に効く薬剤が、解離性の幻覚では効かないということがしばしば起こり、そのため、薬剤を大量に出す、ということが相当数起こっているそうです。

 

同じような指摘が、少し前に読んだ高橋和巳さんの本にも書いてありました。

幼少期からの虐待が引き金で起こる大人のうつ状態には、通常のうつ状態に出す薬が効かないということがあるとのこと。

 

発達障害、虐待がらみの心の不調と、通常の(?)精神疾患とは別やりかたの治療が必要なのだというのは、発達に片足突っ込んでいる身としては一応頭に入れておかなければならないのかなーと思ったりします。

高橋和巳さんの本によると、虐待の場合は、自己同一性がない場合があるので、そういう場合には、認知行動療法内観療法も使えないとのこと。

 

杉山さんによると、EMDRおよびその簡易版によって、複雑性PTSDにおけるフラッシュバックやASDのタイムスリップがかなりよくなるとのことです。

これは、あくまで私の印象ですが、認知行動療法は時系列をつなげていくのに対して、EMDRというのは、時系列を断つようにできているのではないかと感じました。

ASD複雑性PTSDにおいては、不随意に過去の記憶にすっぽりと埋没してまるで現在を生きているかのように感じられる(タイムスリップ)、不随意に過去の激烈な感覚・感情・記憶が蘇る(フラッシュバック)も込みで自己概念を形成しているために、自己概念と現状とが、相当異なっている可能性があるのではないかと(自分の経験より)。

 

ようやく複雑性PTSDの話になりますが、

 

そもそもなぜ、子どもの虐待の後遺症がこれほど広範な問題に広がるのか、子どもの虐待によって生じる問題は、地震の災害や、交通事故、犯罪被害といった単回性のトラウマではなくて、反復性慢性のトラウマだからである。トラウマを「こころの骨折」と呼ぶことがある。この言い方に準ずれば複雑性トラウマとは「こころの複雑骨折」である。子どもの虐待の基本的な病理とは、圧縮すれば愛着障害と慢性のトラウマである。愛着は先に述べたごとく、人間を木に喩えれば根っこ、構造物に喩えれば基礎工事のようなものであり、さらに、慢性のトラウマによる脳の器質的、機能的変化を伴う。子どもの虐待の治療はこの愛着の修復と慢性のトラウマへの治療の両者が必要ということになる。

(『発達障害薬物療法』 p、40)

 

阪神淡路大震災PTSDになった者からすると、大災害によるPTSDを単回性と呼ぶのは少し抵抗があります。

なぜならば、大災害は、その後の日常生活の激変を招くため、日常の中にさらなるPTSDを引き起こす要素が仕込まれる可能性があるからです。

私の場合を思い出すと、大学4年時の阪神淡路大震災が引き金になって、20代全般、ひどいPTSDに悩まされていましたし、そのときに、ASD傾向が強まりその後の自己概念にも影響を与えていたように思います。

 

私の20代は、それまで積み重ねられてきた複雑性PTSDを元に、阪神淡路大震災 → 家の建て替えトラブルで母泣き喚く → トラブル発生時に単身赴任先の父が全く役に立たない(その頃父はアルコール依存症が表面化していたと思われる) → 母余計情緒不安定に → 叔母(父の妹)同居。母と叔母はあまり折り合いがよくないため、家の中が一気に緊張状態に → 私大学院入学、環境が一気にタイトに → 父定年で単身赴任先から帰ってくる。家の中が更に緊張状態に → 博士課程進学を期に家を出る → 博士課程の最初2年間は疲れが出すぎでほぼ廃人 → 博士課程2年目に借りていた家が隣家のもらい火(正確には水損)で居住不能に・・・・・

 

といった感じで、ライフイベントてんこもりであるために、どれが震災とその後の影響かを区別するのは難しいですが、少なくとも、家の建て替えトラブルによる母の変貌と叔母の同居は震災の影響です。これはかなり大きかったです。

 

というわけで、大災害によるPTSDを単回性と呼ぶのは少し待って、という気はするんですが、それでも幼少期からの虐待による複雑性PTSDとは区別した方がよいのは明らかです。

引用部分にも書かれているように、人生の基礎となる愛着の形成がなされずにいることがどれだけマイナスになることか、ということです。

『消防士を救え!』(加藤寛著)によると、自然災害によるPTSDは1割程度であるのに対して、従軍体験やレイプによるPTSDははるかに多い割合でしかも予後が非常に悪いそうです。

従軍体験は長期に渡ると考えられることから、完全に反復性のPTSDと言ってもいいのではないか。また、レイプに関しても被害を訴えたことによる二次被害や被害を訴え出ることができなかったことによる無理解が起こりやすいことを考えると反復性のPTSDといってもいいのではないか、という気がします。そして、この2つは、人間性の根幹や人への信頼性を完全に失わせると考えられます。そういう意味では、幼少期の愛着障害とも共通項を持ちそうです。

年齢によらず、愛情のある関係がいかに大事かというのを感じさせられます。

 

震災によるPTSDから立ち直ったのは、皮肉にも、隣家の火事による水損で借りていた家に住めなくなったときでした。

そのときには、大家さんから家族から友人から手を借りられる人の手は全て借りて、使えなくなった物を捨てたり、引越しをしたりしました。

このときに感じたのは、私一人が被害に遭ったからみんなに助けてもらえるのであって、震災のときにはみんなが大変だったから、助けてもらえなかったんだな、ということでした。

そして、思い切り動いて解決できたので、このときにはPTSDにはなりませんでした。新しく借りた部屋でいっとき寝込みましたが、それだけでした。

このときの経験は、後に心と身体をつなぐトラウマ・セラピー(ピーター・A.リヴァイン著) に出会い、独自のトラウマ解消法を編み出すにいたるきっかけのひとつになります。

 

 話がかなり逸れましたが、本に戻ります。

この本の主要な部分は、発達障害と虐待との関係性です。

 

発達障害と被虐待児は、類似した行動パターンを呈することがあるようだというのがひとつ。

発達障害、特に高機能のASDが虐待に遭いやすいということがひとつ。

 

そして、

実はもうひとつの要因がある。ASD児童の親の裏に、診断基準に満たない軽度の自閉症スペクトラムがしばしば認められることである。この問題についても筆者は、あいち小児センターにおいて病棟の運営が始まり、入院を必要とするまでにこじれたASDの児童の治療を行うまで気づいていなかった。知的な遅れのないASD児童の父親において、しばしば凸凹レベルのよくにた認知特性をもつ男性がいることは皆よく知っていた。だが入院治療をしたASD児童の母親の側に凸凹レベルのASDの女性がいた。ひとたびこの視点が開けると、こじれた症例とは親子関係のこじれであり、そのような例の少なからずにおいて、母親の側の凸凹レベル(しかも発達障害に関しては診診断の)ASDというパターンが極めて多いことにも気づかざるを得なかった。両親ともに凸凹レベルのASDというカップルが多いのは、要するによく似た認知特性の人同士が惹かれあうからだと思う。しかし子どもの側にASDがあっても、親の側にASD傾向があっても、ともに子どもの社会性の発達、なかんずく愛着形成には遅れが生じ、これが子ども虐待の高リスクになるのである。

(p.30~31)

 

発達障害や虐待が専門ではないものの、発達障害が虐待のリスクになることは知っていましたが、これほどまでとは思わなかったので考えを改めなければならないと感じまた。

 

また、DSMはカテゴリ診断ですが、杉山さんは発達障害を多因子モデルで見ることの重要性を書いています。

 

発達障害の罹病率と2012年文科省発表の通常クラスに在席する発達障害と考えられる児童生徒+支援クラス・支援学校の児童生徒の割合がともに1割程度とかなりの頻度にのぼります(p.19) 。

 

このような頻度が高い問題は、多因子モデルに合致することが知られている。多因子モデルとは、病気の発症に遺伝的な素因と、環境的素因との両者が関わるという疾病であり、その代表は高血圧、糖尿病などの慢性疾患である。ASDを例にとれば、遺伝的な素因の関与は否定できないが、それ以外の要因も大きく影響し、その発言のあり方は非情に多彩多様な形をとる。おそらくエピジェネティクス(epigenetcs;遺伝情報自体の変更なしで、遺伝情報のスイッチのオン、オフを行うメカニズム)も関与しているのであろう。むしろ最近の研究では、アレルギー、炎症などの遺伝的素因以外の問題の方がASDを生じる上で大きく関与しているのではないかということが定説になった。また、母親ではなく父親の側の出産年齢もASDの発症に関係することが報告されている。

(p.20)

 

私は京都市内の大学・大学院を出ていて、私自身は学生時代に発達障害には一切関わりを持たなかったのですが、交流のある研究室の人たちは、大津市と関わりのある人も多くいました。

大津市は、私が生まれた頃からすでに発達障害への療育が取り入れられているという非常に先進的な地域で、早期発見早期療育により、発達障害がかなり軽減されるということでした。

これは発達障害が環境要因に大きく左右される例だろうと思います。

 

一方で、わが身を振り返ると遺伝的要素が大きいのだということに思い至り、何かすっきりしたところがあります。

20代の震災のPTSDASD傾向が高まり、それが、30代末からの人生のやり直しに大きな影響を与えていると思っています。

しかし、今年に入って、ASDと思われる症状の殆どが消失してしまいました。

そうなってみると、今までASD系の発達凸凹だと思っていたのは幻か?

しかし、ASD系の認知特性は確かに残っているし。

何が起こっているのか少し変な気分がしていました。

 

しかし、いろいろ思い出してみると、両親も叔母も姉も確かにASDの傾向を持っているし、遺伝的素因はありそうだ。

そして、周りの理解があってそれほど激務でないときにはASD傾向はなりを潜めるし、ストレスやトラウマが増大しているときにはASD傾向が強まる。

私が育った家の成員にASD傾向が見られるということは、幼少期の愛着障害 → 複雑性PTSDになっていてもまったくおかしくないということ。

そして、ASD傾向を強める負の環境要因としては、生まれ育った環境が最も大きい。

この2年ばかり消化吸収機能が劇的にアップ・睡眠が深く取れるようになった→体重アップ・体力アップの道をひた走っているのは、もしかして実家に帰っていないからだろうか、というのをうっすら思っていましたが、ASD傾向(これには感覚過敏や慢性疲労、慢性疼痛などの不定愁訴も含まれる)の増大に親が大きく関与しているのであれば、それは思い過ごしではないかもしれないと思いました。

 

 ASD傾向と書いていますが、私ASDっぽいですと周りに言っても、誰も信じてくれませんでした。

これは何故かというと、ASDっぽいなどと言える相手は、発達のことをよく知っていたりある程度信頼がおけると思える相手であったからではないかと。

信頼がおけると思った相手には、おそらくASD傾向は出てこないとか、そういうことがあるんじゃないかと思いました。

それから、私の場合、実用性の知能が比較的高いので、何か不具合があったときに、解決方略を編み出しやすかった→比較的ストレス耐性が高かったということがあるんじゃないかという気がします。

 

あと、この記事を書いているときに、もしかして、私の場合は、ADHDの多動優勢型の並存かもなーと思ったりもしました。

記事を書いている間にフランキンセンスとベンゾインの樹脂が届いたので早速開けて溶かし始めてますし。

記事書き終わるまで待てんのかいって感じなんですけど、待てませんよ、待てたことないし。

ってADHDっぽくないですか。

 

周囲のADHDっぽい人を見ていると、ワーキングメモリが機能していて、攻撃性みたいなものがそれほどない人は、大丈夫な気がします。

ASDにしても、切れるとかパニックになるとか、暴言を吐くとかそういうものが前面に出なければ、ASD系の認知特性を面白がってくれる人は沢山います。

発達障害愛着障害複雑性PTSDというのは、確かにマイナスからのスタートかもしれませんが、発達しない訳じゃない、成長しない訳じゃない、好きになってくれる人が皆無なわけじゃない。

愛着障害の場合、最もほしい親の愛情を、最も必要な時期に得られなかったかもしれないけれども、周りには愛してくれる人が沢山いるんだろうと思います。

 

 【追記:学齢期の複雑性PTSDについて】

私の場合、複雑性PTSDが表面化したのは小学校1年生のときではなかったかと思います。

 

●私

小学校1年生の担任の先生があまりにもひどかった

友だちができなかった(ASDの影響あり?)

しもやけになった(血行不良の可能性あり)

 

●母親

その年に父(私の祖父)と姉(私の伯母)をあいついで亡くした

 

今思えば、母親は支えであった父と姉を亡くして、そこからのリカバリが難しい状態だっただろうと思います。

母自身もASD傾向あり、夫(私の父)もASD傾向ありで身近な死に寄せる気持ちやその表現というのも難しいだろうと思いますし。

そして、私の側から見ると、小中高と人間関係の難しいクラスが何年かおきにありましたが、私もその状態をうまく親に伝えることができず、母親も私の状態が何か変だというのを読み取れる人ではなかったので、子どもの対処法略ではできることはたかが知れているので、こじれにこじれました。

そして、おそらく、心情を吐露することが難しかったために、身体の不調が現れたかなーと思います。

小1のしもやけを皮切りに、小2は完全に解離、小3から視力低下、小4から頭痛、中2で低血圧、高校のときにはすでに慢性疲労と不定愁訴が完成していたと思われます。

 

発達障害は慢性疲労のリスクが大きいというのを見た気がしますが、それは、情報の取入れが受動的であるために、要らない刺激を受けやすい&取り入れた情報の取捨選択にエネルギーを割くからと思っていました。

それに加えて、気持ち(感覚・感情・思考)を感じて人と分かち合うことが難しい状況であるために、痛みや疲労として表現せざるを得ないということがあるのかもと思いました。

 

私の場合、父とは思考のやりとりがありました。父のものすごく狭いストライクゾーンにはまれば会話ができるというか。

父は数学教育をしていて、私も心理学といえども教育系への興味がものすごくありますが、それは、父の狭いストライクゾーンにはまった部分で人生が展開されていったというところはあるのかなと思います。

親も万能ではないので、どこの家庭でもそういうところはあると思いますが、ASD傾向のある方は興味の幅がものすごく限定されているので、余計にそうなりやすいかも、と思いました。

 

そして、母の方ですが・・・・私が小1のときに戻ります。

私の小1以降もものすごく大変でしたが、母の側からみたときに、近親者の死と子どもの就学というライフイベントのダブルパンチがあったことになります。

近親者の死というのは、もちろん大きなダメージになり得ます。

そして、子どもの就学は、母親自身のライフスタイルや人間関係も大きく変化させます。

そのため、親側からみても、大変なことではあります。

幼少期の愛着障害、虐待が学齢期の不適応につながるという話がありますが、これは、親側からみてもあるのかなーと。

愛着障害や虐待を起こすというのは、親側が人間関係やトラブルの対処能力が低いということがあるわけで、そうなると、親も、新たな人間関係への適応が非常に難しくなるだろうなーと。

 

 【追記その2:震災のPTSDを抜けた後】

 隣家の火事の水損で転居してすぐに、竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」に通い始めました。

竹内レッスンの実質3年間で感じること、人と居ることを積み重ねてきたんだなーと今になると思います。

竹内レッスンに通っている人は、不器用で傷だらけの人が多かったです。

レッスンに通うまでは、おそらく、私の中には「感じる存在としての」他者というものは存在せず、レッスンの中で人と出会うことをしてきたんだろうなと。

私にとって初めての人との出会いは、同じように傷だらけになった人であったといえるかもしれません。

その後、これまた傷だらけの人と結婚して離婚して、その間にキネシオロジーの1年コースで傷だらけの人と一緒にやって、という感じですかね。

人は、自分を同じような人とつながりやすいというのは、シンパシーを感じる相手が自分と似ているところがあるから、というのがあるんだろうと思います。

 

自分と同じような傷だらけの人と一緒にやっていくという生活を10年くらい続けたでしょうか。

傷だらけの人と一緒にやっていくというのは、人間関係を学ぶ意味ではとても良かったかもしれません。

しかし、ひとたび傷が表面化すると、凄惨な事態になるというのも、何度も身をもって体験しました。

 

なので、傷だらけのまま一緒にいると共倒れになる!と気づいて、健康になろうという決意を新たにします。

その流れで今あるんだなーという感じですかね。

 

人はなぜ親離れができるのか

順調な発達の過程を勘案すると、親離れするのは思春期・青年期のあたりだと思います。

思春期・青年期あたりで親離れして、それと同時平行で社会に出られる自分を作り、出た先でパートナーと新しい所帯を持ち・・・・・というのがエリクソンの発達段階に依拠した見方かなと思います。

 

では、親離れを可能にする元はどこかというと、もっと遡って1歳半から3歳頃な気がします。

1歳半から3歳は親子の愛着関係を形成する時期であり、第一次反抗期の時期であり、自律性対恥・疑惑の時期でもあります。

この時期にべったりくっついたら、3歳以降離れやすくなる。

そういう時期です。

1歳半ごろには自他の区別がつくようになるといわれています。

自他というのは、この時期だとぶっちゃけ自分(子)と親(特に母親)との区別です。

自分とは違う親という存在を認識した上で、それでも一緒にいたいという気持ちが愛着だろうと思います。

 

愛着というのは、非常に美しく語られることが多い気がするのですが、

ホントにそんなに美しいものなのかなーという気もします。

だって、第一次反抗期だよ?激しい子はめっちゃ激しいよ?後追いもすごいよ?お母さんトイレ行けないよ?膀胱炎になるお母さん続出だよ?

それでも一緒にいたいと思える心情というのは何なのか。

 

子ども側からしたら、自分のイヤなところも受け入れてくれるお母さんが好き的な側面から語られることが多いのですが、ホントにそうなのか。

こういう母親像というのは、ぱぷりこさんの妖怪男女ウォッチ的視点でいえば、聖母みたいなニオイがするんですが、ホントにそうなのか。

 

むしろ、長年連れ添った夫婦のように、相手のいろいろなところを見て、失望もし、幻滅もし、でもまあええか的な、あきらめにも似たような境地ってないんだろうか。

言い換えると、第一次反抗期を経ることで、親も子も、お互いに、相手への変な幻想みたいなものを捨てられるというか。

だから、3歳になって言語能力とか社会性とかがついてくると、さっさとお友達のところへ行くというか。

 

思春期も同じことが起こって、親と子のぶつかり合いが生じて、そのときに、やはり相手への失望、幻滅みたいなものが生じて、友人関係、恋愛関係に走るという。

思春期には考える力がついているので、ある程度正確に親の能力も見積もれるし、幼い頃よりもその傾向は強くなるだろう。

そして親に対して過度の期待を抱かなくなり、新しいパートナーに対しても過度の期待を抱かなくなって、肩の力を抜いて付き合える、とか、そういうことがありそう。

 

愛着障害において、幼少期の親子関係に心が舞い戻ってしまうのは、第一次反抗期の時期に、親子の適度なぶつかり合いを経験していなくて、親からの愛情を美化してしまうからではないか。

私の場合は、最近、エインズワースの愛着のパターンでいうと、回避型ではないかという気がしているんですが、回避型の場合は、あるべきもの(ぶっちゃけ親の愛情)がないことで形成される部分があったりする気がします(そこまで明言してよいものかどうかは分かりませんが、少なくともウチの場合はそういう感じ)。

そうなると、親の愛情を、全てを受け止めてくれる聖母のそれとオーバーラップさせて、愛情がもらえなかった・・・・と思ってしまっていた気がします。

 

ウチの親は、ふたりとも子どもの気持ちを読み取れない人だったので、それはそれでひどいと思うんですが、

だからといって、親が子どもの気持ちを読み取れないことで結果的に生じた愛情の欠如→不安定な愛情の代わりに、聖母のような愛情をもらえたわけではないことは勘定に入れておく必要があるのかもしれないと思います。

 

聖母のような愛情なんてものはほぼどこにも存在しないから。

 

 

 

 

ブラーミとタナカの粉を買ってみた

ブラーミがすっごい気になっていたので買ってみた。

 

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真ん中の大きい袋がブラーミ(センテラ)です。

1キロなんで、ちょっと小さめの枕サイズです。

というか、同じ1キロでもモノによって全然体積が違います。

リファラ1キロだとこんなに大きくならないのではないかなー。

実と葉で違うんやねー。

 

左のボトルはタナカの粉。

右の2つはおまけでいただいたもの(太っ腹!)

 

今回お取り寄せしたのは、村上アニーシャさんのお店でオリエンスハーバルです。

 

orienceherbal.tictail.com

orienceherbal.tictail.com

アーユルヴェーダカテゴリに入れていますが、

ブラーミ(センテラ)はタイ産で、タナカ粉はミャンマー産です。

 

 

ブラーミ気になるわーという間に、なんか増えました。

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  • 大きい袋が今回のセンテラ1キロ
  • 小さい袋がバコパ100グラム
  • 左側がアートビーングで購入したヘッドマッサージオイル
  • 右側がアーユルプラネットで購入したブラーミオイル

 

ブラーミ(ブラフミー)は、バコパとセンテラがあって、違う種類の植物です。

個人的にはセンテラのほうが味が好みかなー。

少なくとも今回買ったものは、バコパよりもセンテラのほうが飲みやすいです。

 

バコパはハーブ粉シャンプーに混ぜて使おうかと。

ハーブ粉シャンプーに混ぜたら、髪の毛がふわっふわになりましたんで、さすがヘアケアハーブだけあるなーと。

そして、うっすら「いもけんぴ」のニオイがします。

ヘッドマッサージオイルが、アートビーングの体験談で「いもけんぴ」のニオイがすると話題になっていたんですが、アーユルプラネットのブラーミオイルも「いもけんぴ」のニオイがします。

もしかしてブラーミのニオイ・・・・?と思ったりしましたが、バコパのニオイかもです。

センテラからは「いもけんぴ」のニオイはしません。

 

センテラはもうちょっと植物っぽいというか、青っぽい香りがします。

村上アニーシャさんが、緑茶に混ぜて飲んでいると書いていらしたと思いますが、センテラはなんか分かります。

バコパは緑茶には合わんと思う。

 

しかし、なぜ同じブラーミという名が?

比べると別モノ・・・・・な気がしますが。

(インドの北と南でブラーミと呼ばれる植物が違うという話だったと思いますが)

センテラは、飲んだら身体がほんわか温かくなりました。

 

オイルのほうですが、

右側のブラーミオイルは個人的にはかなりいいです。

中身は、ごま油とブラーミと甘草などのようです。

このオイルとトリファラギーを混ぜてロールオンボトルに入れてますが、つい手が出てしまいます。

一応ヘッドマッサージ用ということですが、身体と顔に使ってます。

 

タナカ(っていうのは原料の木の名前)の粉は、初めて見ましたが、美白っていうのにつられてなんか買ってしまった。

 

こんな感じみたいです。

 

ミャンマーの伝統美肌ハーブ・タナカで、 毛穴・黒ずみ知らずの透明肌をつくる。sizensozai.wordpress.com

とりあえず開けてみたら、すっごく粉が細かかったので、オイルを塗ってだいたい吸収されたあとの顔に、フェイスブラシで乗せてみました。

普通にフェイスパウダーで使えそうですね。

インドハーブを使い始めたら、一時期定着しかけたお化粧へのやる気が一切失せてしまったのですが、これくらいならできるだろうか。

 

あとは、お風呂で顔とか首のパックに使ってみたいと思います。

 

村上アニーシャさんのブログは、何かと手作りコスメ魂がくすぐられるというか。

 

ロバン(フランキンセンス)の樹脂で作ったクリームがものすごくいいらしい。

肌若返りの特効薬? ロバン(乳香・フランキンセンス)の魅力。sizensozai.wordpress.com

フランキンセンスの樹脂かー。

お香みたいにしか使ったことないなーと思って調べてみたんですけど。

 

フランキンセンスにはボスウェル酸という成分があるらしいんですが、ボスウェル酸はトリテルペンらしく、そうなると、精油フランキンセンスには含まれていないのでは?と私の殆どない精油の化学の知識から推測したりします。

 

ということで興味津々。

 

しかも、樹脂だから、普通にオイルとミツロウで作っているのを、ミツロウの代わりに入れたら軟膏ができるのでは、と思ったりして。

(村上アニーシャさんのクリームの作り方も基本そういう感じではないかと)

 

ということで注文してみた。

漢方の乳香(フランキンセンス)と安息香(ベンゾイン)。

 

www.kanpoyaku-nakaya.com

www.kanpoyaku-nakaya.com

 

ベンゾイン好きすぎて、ベンゾインの樹脂まで注文してしまった。

どちらも500グラム単位なので量に注意です。

お香用でもよかったんですが、肌に直接つけるものなので、漢方のほうが確実かなと。

外用、内用を想定しているはずなので。

 

しかし、どちらもに「丸薬、散剤」って書いているんだけど、これって内用も可ってことですよね。

量も書いていますが、単体で摂取しても大丈夫なんやろか。

 

ちなみに、ベンゾインの甘い香りは、ギー(肌につける場合)とかシャタドゥルタグルタのミルクっぽいニオイと合います。

甘いすごくおいしそうなニオイになります。

この場合は精油(というのはおそらく正確ではないんだろうけど。液体化しているもの)がいいと思います。

前回から3ヶ月でNHKの人がテレビ買ったか確認に来た

前回NHKが訪問したときの記事。

 

coccolifestyle.hatenadiary.jp

4月半ばの訪問でした。

そのときの訪問員が、半年後にまた来るかもしれないと言っていたのですが、なんと3ヶ月ちょうどで今日また来られました。

 

前回のときから私もいろいろ学習して、今回は、インターホン越しに会話しました。

 

その結果、

 

「4月以降、テレビを買っていませんか?」

 

「はい、買っていません」

 

の会話でサクッと終了することができました。

 

ので、まあよかったんですけど。

 

 

やはり根本的なところで引っかかります。

 

 

テレビを持つか持たないか、テレビを見るか見ないか、というのは、

 

個人の嗜好の問題なのではないか。

 

個人の嗜好の問題を、全く関係を持たない組織(テレビを見ない私にとってNHKはそういう位置づけ)になぜ定期的に報告せねばならぬのか?

 

 

今回は3ヶ月ぶりで2度目。

 

次に来たときは、NHKのお客様窓口と、消費生活センターに報告しようかなと思います。

これも、正直電話代がかかるので気が進まないですけど。

(格安スマホユーザーなので、電話代が取られます)

なんで、見ず知らずの人に訪問受けて、いちいちお金かけて報告せなあかんねんっていう・・・・・

 

 意地でもテレビ買わんし、ワンセグもつけない。

集団と個別

ふと計算してみたんですけど、

 

今大学で受け持っている授業は半期で1コマ22.5時間から25時間。

1クラス50~100人くらいなので、とりあえず50で割ると1人あたり20~30分。

 

50人で25時間過ごすのと、1対1で30分過ごすのとで何が違うか。

実は何も違わないんじゃないか。

 

25時間の中で、考えることが沢山あればもちろん力はつくんだけど、

 

最もパワフルなのは、スイッチが入ったとき。

集団で過ごしているときにスイッチが入るのは、全体のコンディションがある程度いいとき。

そうでなければ、時間を見つけて顔の見える距離で触れたほうが手っ取り早いことは多々ある。

(だから机間巡視とかグループ活動で個別に対応するとかが大事になるんだと思う)

 

スイッチが入るとどうなるか。

まず学生の顔が変わる。

書くものが変わる。

学生の目に映る世界が変わっているんだと思う。

 

 

実は、このスイッチが入るのが一番大事だったりする。

スイッチが入ると、身につき方が違うし、人生への姿勢も変わる。

なので、スイッチの場所をめっちゃ探すんだけど個々で違うし授業のテーマもあるのでその範囲にスイッチがない場合もある。

そうなると、25時間の中で、スイッチが入る人は実はそれほどたくさんはいない。

 

一方、1対1で30分ずつの時間を設けて、たとえばタロット占いをしたらどうなるか。

持ってくる内容は個人に合うものにカスタマイズできるので、問題の整理と方向性を見つけるのはたやすい。

それプラス本の紹介とかしたら、それで自分でできるところも多い。

 

 なんか、それでいいんじゃないかなーって。

 

これは、私の特性が明らかに集団よりも個人に向いているから、というのはあって、人それぞれではあるんだろうけど。

1回、授業やらずに個別面談50人とかやってみたいです。

 

まあ、現状ではそれはまずムリだろうから、タロット占いの記事を貼り付けておこうかと。

 

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